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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで3年目に入りました。これからも勉強を重ね、たくさんの作品を書いていけるよう頑張りたいと思います。 写真を撮り、絵も描きます。こちらでupするなかで、特に記載のない画像は冬垣の作品です。 ・ツイッター https://twitter.com/fuyugaki_hinata ・時空モノガタリでもお読みいただける、拙作「渋谷スイングバイ」の動画があります。 内容は同じですが、音声読み上げ朗読、エンディング付きです。 「softalk朗読渋谷スイングバイ」  https://www.youtube.com/watch?v=6nsb8bo8Egs (=は半角に直してください)

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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桜紅葉の恋

17/11/06 コンテスト(テーマ):第146回 時空モノガタリ文学賞 【 デート 】 コメント:3件 冬垣ひなた 閲覧数:99

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「ごらん、満開の桜の花は美しいね。けれども、僕は桜紅葉(さくらもみじ)も好きだ。冬を前にして、必死に枝にしがみついている一瞬の鮮やかな秋の色が、大層いじらしく思えてくる。まるで君のように」
 そう囁いたあの人は、お国の為に戦に行ったきり。
 時代の強い風に吹かれて、儚く散った恋でした……。


 秋風の冷たくなった昼下がりの公園は閑散としていた。日野清は、90才を越えた小柄な老女の姿に懐かしさを覚えるが、いざ再会すると何をどう話せばよいのか戸惑っていた。
「清さんが、お変わりなくて嬉しいわ」
「変わっていますよ、それはもう随分と。お別れしたのは僕が少年だった頃ですから」
 清は白髪の混じった頭を撫でた。
「そう、そんなにも経つのね……」
 二人は記憶のページをめくるように、ゆっくりと昔の話を交わし始めた。


 昭和20年。終戦の翌日、清は産声を上げた。
 彼女……武倉ハナエは、いつも大家族の隅の方に座り一人で冷や飯を食べていた。そんな姿をぼんやりと清は覚えている。当時二十歳すぎのハナエは気立ての良い女で、清は風呂に入れてもらったり遊んでもらったり、幼少期には随分と世話になったものだ。「天花粉の匂いがするわ」と幼い清に頬ずりする彼女との日々は、まるで幻想のようで……。
 しかし彼女が日野家にいる理由は、家族の誰に聞いても曖昧だった。使用人という者もいたし、遠い縁者という話も聞いた。
 道理の分かる年頃になった清はある時、思い切ってハナエに尋ねた。
 夏の暑い日だった。縁側で夕涼みするハナエは、遠いどこかを思い描くような眼差しで語った。
「お待ちしている方が……いるのです」
 熟れた果実のような独特の色香が、ハナエの浴衣の下に潜んでいるのを感じ取って、結局清は黙り込んでしまった。


「……あの後、あなたはいなくなり、お嫁に行ったのだと聞きました。良かった、待ち人が迎えに来たんだ。長い間そう思っていました」
 杖をつくハナエに歩幅を合わせる清の目の前には、並木道が広がる。
「これは……桜ですか」
 澄んだ青空に伸びる桜の枝は、橙と赤が折り重なる美しい葉で飾られていて、秋の透き通る光の中、風に攫われ踊っている。彼らの他に誰もいない桜並木は、まるで忘れられた時間が目の前に現れたようだった。
「ね、綺麗な桜紅葉でしょう? ここでお弁当にしましょうね」
 清とハナエは、ベンチの上の落ち葉を手で掃いて座り、持ってきた風呂敷包みを広げた。小さめの重箱の中には、サラダや鮭や玉子焼きの他に、筑前煮や茄子の味噌炒めが入っている。
「僕の好物……覚えていてくれたんですか?」
「訪問介護に来るヘルパーさんに手伝って頂きました。どうぞ召し上がれ」
 ハナエは柔らかな笑みを浮かべ、握り飯を清に手渡す。
 全てが懐かしい、思い出の味だった。黙々と日野家の台所に立っていた彼女の後姿を思い出し、清は嬉しさで鼻の奥がつんとした。


 食事が終わり、魔法瓶に入れてきた温かいお茶を飲みながら、ハナエはようやく全てを語りだした。
「あの方とも、こうやってお花見をしたのよ。何年後、何十年後も、また一緒に桜の花を見ましょうねって」
 それは、清が生まれる前の話。
「待ち人とは、日野誠一……僕の兄の事ですね」
 まだ子供だった清は、ハナエのいう「待ち人」と、戦死した年の離れた兄を結びつけることが出来なかった。
 もっと早くに彼がその事に気づいていれば、疎まれたハナエが日野家を追い出されることも、長い間行方が知れず会う事の出来ぬ状況にもならなかったろう。
 ハナエは、清の後悔を押し包むように頷いた。
 幼馴染だったというハナエと誠一の恋は、戦争に引き裂かれたが、最後の逢瀬で生まれたのは悲しみだけではなくて……。


「桜の散り際が別れの時と、あの方は覚悟していました」
 
「そうしてあなたは、お腹に僕を授かったのですね」

 
 ハナエは深く頭を下げた。
「……結納もしていない娘が、跡取りになる子を産むのは体裁が悪いと、あなたは誠一さんの弟として育てられた。あなたに母と名乗る事も許されず、申し訳ありませんでした」
「母さん!」
「もう来年の桜の花は見られないかもしれないから……どうしてもあなたと桜紅葉が見たかったの」
 枝から離れた桜紅葉が一枚、また一枚と散ってゆく。
 満開の桜のように咲き誇った恋の終わりに、ハナエは皺の深い口元をほころばせる。
「清さんはお父さんにそっくりね」、そう言って息子の胸に顔を寄せるハナエの心は、娘の頃に戻ったようだった。
 赤い葉を透かしながら、木漏れ日がきらきらと光る。
 隣にいるのは、優しい母であり、初恋の女であった。
 残された時間を慈しみなさい……。
 葉擦れの音に混じり、聞くことの叶わなかった父の声が、清の心に強く響いた。


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このストーリーに関するコメント

17/11/06 霜月秋介

冬垣ひなた様、拝読しました。
桜は、花が咲く春だけではなく、秋の紅葉も美しいですよね。個人的には秋の紅葉の方が実は好きです。
秋ならではの雰囲気漂う素敵なお話を有難うございます。

17/11/08 冬垣ひなた

霜月秋介さん、コメントありがとうございます。

私も桜紅葉は好きです。桜は春だけでなく、四季折々に溶け込んだ風景がとてもいいですね。
紅葉についてはあまり言われないけれど、だからこそ内に秘めた感情に訴えかけるような気がして、今回のお話を作りました。お読みいただき感謝します。

17/11/09 冬垣ひなた

≪補足説明≫
・画像は「写真AC」からお借りしました。

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