井川林檎さん

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17/11/06 コンテスト(テーマ):第148回 時空モノガタリ文学賞 【 ホラー 】 コメント:1件 井川林檎 閲覧数:111

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 わたしは美しい。
 神話の女神のような顔立ち。
 艶やかな瞳。

 誰もがわたしを渇望する。
 桜色の唇を奪い、髪の毛を愛撫したいと願う。
 
 だが次の瞬間、人は絶望する。
 心を燃え上がらせた直後、はっと眼を逸らす。そして、一生、後悔する。

 わたしを、見てしまったことを。




 髪の一房は白いリボンで結ばれている。長く伸ばしたリボンの片端は自転車置き場のフェンスに繋がれていた。
 わたしは、錆びた自転車の荷台に置かれており、そんな儚いくびきで縛られている。
 
 やがて、男は戻る。
 待った、と、恋人気取りで男は言い、フェンスに繋いだリボンをほどく。
 わたしを抱き上げて、男は歩き出す。


 夜の学生街は明るい。

 男はしかし、下宿に急ぐ。
 到着する。水回りが古いため、日常的に臭気が漂う古アパートに。

 木造の二階に、部屋はある。
 男は階段を上がり、瞬く蛍光灯を頼りに玄関のカギを開く。扉は開き、こもった匂いが鼻をつく。
 
 汚い、部屋。

 明かりをつける。
 壁中に、アニメのポスターが貼ってある。
 下着が見えた姿で頬を染めた、少女の絵姿も。

 無数の少女の絵姿の中で、彼は布団の上にわたしを置き、眺める。
 そうして、欲情を極限まで耐え、あるラインを越えたところで「こと」を済ますのが、彼の毎晩の日課だ。

 官能に身をもだえさせ、コンビニ食品の空き箱が散らばる床を転がりながら、恨めしそうにわたしを見つめる。

 「ああ。どうして君には」

 からだがないのだ。



 わたしは美しい、首だけの女。



 いつ生を受けたのかも分からない。
 どれほどの男を旅してきたのかも。



 からだのないわたしと交歓することは叶わない。

 顔を見つめ、せいぜいで唇を奪うだけ。
 その接吻も、わたしが歯を立てて終了する。

 だから、男の唇は常に赤がにじんでいる。
 舌が絡んできたことがあったが、千切れよとばかりに噛んでやった。
 男は慟哭しながら汚い部屋中を転げまわる。

 

 毎夜、繰り広げられる妖しい絵よ。
 蓄積されてゆく汚れの上を男は転げまわり、己自身の手で果てる。
  
 無数の、永遠の笑顔を刻んだ少女の絵の中で。


 

 男は、毎晩、わたしを愛で、果てて眠りに沈む以外、何もしていなかった。
 
 ある真昼、電話が鳴った。
 通知を見て男の表情が変わり、震えながら電話に出た。
 詰問に渋々答えるような調子で男は喋っていたが、ついに電話を切り、膝をつくと号泣した。

 夜が近づく。
 窓の外は色とりどりの光で彩られる。学生街は祭のようだ。
 男はスポーツバッグを引っ張り出し、垢じみた服を何枚か入れ、最後にわたしの髪の毛を掴みあげて、バッグの中に突っ込んだ。

 臭い衣類にもまれ、わたしはカバンのファスナーが閉まるのを見た。
 ファスナーに髪がからむ。

 痛い。

 男はバッグをかつぎ、荒い動きでアパートを出た。
 

 不愉快な時間が続いた。やがてバッグは固い場所に置かれた。
 ファスナーが開かれ、指が差し込まれたかと思うと、わたしは男に抱き上げられる。

 「君を置いては行けない」
 充血した目で男はわたしを見つめた。
 そこは駅の待合室であり、誰もいないようだ。
 照明に虫がたかり、汚れた壁には、蛾の影がいびつに大きく写り込む。


 講義に出ないまま大学に在籍していた男は、ついに田舎の両親から呼び出しがかかった。
 このままでは中退させられる。

 ……というのが、彼の絶望のあらましだ。

 強制的な帰郷だ。
 両親の住む家に、わたしを連れてゆくことは難しい。それでも男は、わたしを置いてゆくことができなかった。



 「どうして君はからだがないんだ」

 恨めしそうに男は呟いた。

 改札が始まり、男はわたしをカバンに突っ込んだ。
 やがて、男は汽車に乗り込んだらしい。

 男が座席に落ち着くと、わたしはまた取り出された。

 男は、狂いかけた目をしている。
 車両内に人はいないらしい。



 終電か。

 「愛しているのに」

 わたしは男を見上げた。
 もしわたしにからだがあったのなら、今ここで男は暴力を振るっただろう。


 君が僕をこんなふうにした。


 長い間、揺られる。
 幾つめかの駅で男は立ち上がり、目を背けるようにして汽車を駆け下りた。

 わたしは、無人の車両に置き去りにされた。


 これは、終電。
 最終駅まで、あとどれほどか。
 人が――次なる男が、乗り込んで来るか。



 きっと来る。

 確信だ。
 これまでもそうだったように、次の宿主はやってきて、わたしを抱き上げる。
 

 わたしは、美しいのだ。
 
 汽車に揺られながら、わたしは待った。


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このストーリーに関するコメント

17/11/10 風宮 雅俊

 粘着質の気持ち悪さを感じながらも、何度も読み返してしまいました。
文章はとても読みやすかったです。無駄な言葉がなくて重みがある、参考にしたいと思いました。

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