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与井杏汰さん

突然思い立って短編小説を書いてみたくなりました。このサイトを知って、うれしく思います。

性別 男性
将来の夢 そこそこの健康と、そこそこの自由。
座右の銘 病は気から。

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出張の日の事故

17/11/05 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:0件 与井杏汰 閲覧数:159

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孝彦が出張で新幹線の駅へ向かおうとタクシーに乗ったところで、携帯電話のメッセンジャーに着信があった。妻からだ。
 「健介が事故で病院に運ばれました」
健介は1人息子で、幼稚園に通っている。「何があった?怪我の具合は?」急いで聞き返すと、「車にはねられたって。骨折してるかも」とすぐに返信があった。孝彦は迷った。もちろんすぐに病院に行きたいが、今日の出張は重要な契約の大詰めで、先方が長く要望していた条件を達成した報告ができる日だ。直接開発者の孝彦が出向き、説明を行い、先方の条件が満たせる事をその場で納得してもらえれば、契約が締結される可能性が高い。相手の事情を考えると、今日を逃すと時間的猶予はないのだ。しかし息子のことが気になる。出張をキャンセルして病院へ向かおうとしたところで、タクシーが駅に着いた。運転手に料金を払うと、なぜか新幹線の改札へ来ていた。そしていつの間にか新幹線の座席に腰かけて車窓を眺めている孝彦にメッセージが届いた。
 「健介が意識を失いました」
 「一体どういうことだ? なぜ新幹線に乗っているんだ?」
そう自問した孝彦は胸が締め付けられた。苦しみで目が覚めると、健介が自分の胸の上に乗っていた。「パパ、はやく起きて」笑顔で声をかけてきた。『夢か』ほっとしたものの、あまり良い目覚めではない。やはり仕事のことを考えすぎるからこういう夢を見るのか?孝彦は反省した。もし本当に同じことが起きたら、迷わず病院へ行こう。そう考えると、健介の頭を撫でて「パパはケンちゃんに何かあったら必ず助けに来るからな」そう言った。

それから数日後、孝彦が出張で新幹線の駅へ向かうことになった。タクシーが走り出したところで、妻からメッセージが届いた。
 「健介が高いところから落ちて病院に向かいます」
あれは正夢だったのか? 孝彦は急いで返信した。
 「すぐそちらに行く。病院の場所を教えてくれ」
病院の名前と場所がわかると、タクシーに行先変更を告げた。「大急ぎで」そう言うと、タクシーはスピードを上げて病院へ向かった。やはり本当に事が起きれば、判断は迷わない。あの夢は仕事人間の自分への警告だったのか。そう思って会社に事情を電話しようとしたその時、タクシーの正面で大型トラックが車線をはみ出して衝突してきた。

意識が戻ると病室だった。隣に妻がいた。
 「健介は大丈夫か?」
そう尋ねると、
 「何言ってるの。健介はただの捻挫で、最初は痛がったけど、今は元気よ。それより大事な出張ほっぽり出して、あなたこそ何やってるの」
孝彦はほっとした。何だ、自分の方が重症か。そして急に体中の痛みが感じられた。
 「ところでね、健介が病院に向かう間、ずっと言ってたんだって。『パパは今日大事なお仕事だから、呼んじゃダメだ』って。私が着いてからも、『何でパパに教えたの。パパは来ちゃダメなんだ』って泣きながら言うのよ」
孝彦はハッとした。もしや、あの子も違う結末の夢を見ていたのでは?
 「健介は今どこに?」
そう尋ねると、「さっきまでここにいたけど、おしっこってトイレに行ったから、すぐ戻ると思う」と妻が答えた。

やがて「パパ―」と、ドアを開けるなり健介が近寄ってきた。
 「心配させてごめんな」
孝彦が言うと、健介が「もう大丈夫なの?」と聞いてきた。
 「まだ痛いけどな」
そう答えると、小声で聞いた。
 「ケンちゃん、パパが事故の夢、見たの?」
すると、首を横に振った健介が答えた。
 「見てないよ」
 「そっか。じゃぁどうしてパパがケンちゃんの病院に来ちゃダメって言ったの?」
 「だって、パパお仕事で新幹線に乗るって、朝言ってたでしょ。お土産に新幹線のおもちゃ買ってくるって約束したでしょ」
孝彦は急に可笑しくなって、
 「そっか、そうだよな。ごめん。約束守れなくて」
そう言って健介の頭を撫でた。


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