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吉岡 幸一さん

性別 男性
将来の夢
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幸いに、日々変化

17/11/04 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:85

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 駅の改札口を出て家までは徒歩で十二分の距離。今日も僕はいつものように仕事を終えて家に帰っていた。この街に暮らして八年、いまさら知らない道もなく道に迷うなんていうこともなかった。何百回、駅から家までの道を行き来したことだろう。目をつぶっていたって迷うことはない。
 家に帰れば妻と三歳になる可愛い娘がいる。飲み屋にも寄らず真っ直ぐに帰っているのだから酔ってもいない。仕事で疲れているとはいえ頭はしっかりしている。
 それなのに何故だ。僕は家に帰れないでいる。駅の改札口を出た瞬間、家までの道のりがわからなくなっていたのだ。そんな馬鹿なことがあるか。そうは思ってみても実際にわからないのだから仕方がない。
 幸い携帯電話というものがあることに気がついた僕は、すぐに登録していた妻の携帯電話にかけた。まあ、なんとかなるだろう。
「もしもし、いま駅なんだけど迎えにきてくれないか」
「何言ってるの。雨が降っているわけでもないんだから歩いて帰ってきなさいよ。ついでにスーパーで大根を買ってきてね」
「帰る道がわからないんだ……」
 事情を説明しようとするが、妻は忙しいのか話途中で電話を切ってしまった。普段、手のかからない夫として過ごしているのが、こういうときに裏目にでるものだ。
 僕は駅の横にたつスーパーで大根を一本買うとビズネス鞄の中に入れた。半分、鞄から飛び出した大根がなんだか可笑しかった。これが家庭の味か、ふいに湧いてきた意味のない言葉が気持ちを楽にしてくれた。
 幸い交番というものが近くにある。大根を鞄に突っ込んでいる男が面白いのか、警官は笑顔いっぱいにして迎え入れてくれた。
 家の住所を伝えて道を尋ねると、壁に貼られた地図を指しながら警官は丁寧に教えてくれた。そう難しい道ではなかった。真っ直ぐに進んで、二つ目の信号を右に曲がって、郵便局まできたら左に曲がれば我が家はある。簡単だ。礼を言って交番をでた僕は、教えられた道を迷うことなく進んでいった。
 これで家に帰れる。そう思ったが、二つ目の信号を右に曲がって、郵便局まできて左に曲がっても我が家はなかった。教えられた通り来たのだから道を間違えてはいないはずだった。警官が間違って教えたに違いない。
 幸い僕は人見知りではなかった。郵便ポストに手紙を入れていた老人に尋ねると、郵便局を左ではなく右だと教えてくれた。すぐに右に曲がって周りを見渡したが我が家は見つからなかった。
 きっと僕が記憶していた住所が間違っていたのだろう。それしか考えられない。もう一度妻に電話をかけることにした。
「うちの住所なんだったかな。忘れてしまったみたいなんだ」
 幸い妻は機嫌が良くなっていた。特に面倒がることもなく正確に住所を教えてくれた。大根を買ったことを先に伝えたからかもしれないが。
 幸い携帯電話でも地図を検索することができることを思い出したので、さっそく住所入力して調べてみると、なんと僕が立っている目の前の家が我が家であった。
 記憶していた家の姿と違うような気がしたが、とりあえず玄関ドアの呼び鈴を鳴らすと、間をあけることなく妻が出てきた。
「おかえりなさい。早かったじゃないの」
「ああ、ただいま」
 妻ってこんな顔をしていたかな。そう思いながらリビングに入ると娘が飛びついてきた。
「パパ、今日ね、ハンバーグなんだよ」
 嬉しそうに話す娘を抱きあげながら、娘ってこんなに大きかったかなと思った。人間の記憶なんて曖昧なものだと考えながら僕は背広を脱いでいった。
 翌朝、仕事にいくために家を出た途端、駅までの道のりがわからなくなってしまった。僕は愚かではない。昨日、帰りに迷ったのだから行きに迷うかもしれないということくらい予想がつく。幸い事前に地図を用意し、駅までの道のりを蛍光ペンでマーキングしていた。ところが地図が古かったのか、道は地図の通りではなかった。家の近くに郵便局もなく、道沿いの風景も昨夜とは違っていた。朝と夜では風景は違ってみえるものだ、と詩人のように思いながら勘に任せて歩いていった。途中で出会った婦人に駅までの道を聞いたり、人の流れについていったりしながら、無事に駅にたどり着くことができた。
駅舎は見たことがないくらい大きくモダンな建物になっていたが、気が付かないうちに建替えたのだろうくらいに思って気にしないことにした。駅名も住所も同じなんだから僕がぼんやりして気が付かなかっただけだろう。駅の改札口を通るとき、後ろで高齢の会社員二人の声が聞こえてきた。
「この駅もできて三十年もたっているから、そろそろ建替えたらいいのにな」
「ああ、それにこの街も変わらないな。行政が再開発でもしてくれたらな」
 そんな会話を聞きながら「街も人も日々変化しているんだよ」と、僕は妙な優越感に浸りながら改札を抜けていった。


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