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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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ここまでふたりで

17/11/04 コンテスト(テーマ):第146回 時空モノガタリ文学賞 【 デート 】 コメント:4件 秋 ひのこ 閲覧数:222

時空モノガタリからの選評

両親を早くに亡くし、姉弟以上の強いつながりを持つ二人。初春の季節感と墓参りというイベントが彼らの「家族」としての在り方を象徴しているようで、変わっていく家族関係の中での戸惑いや葛藤が繊細に書かれていると思います。支えあって生きてき彼らの間には、同志、あるいは夫婦に近い絆があるのかもしれないなあと想像しました。弟の結婚に対する嫉妬や孤独感といった自らの感情に戸惑いながらも、「私」はそれを抑圧するのではなく受け入れたうえで、新たな関係性を築こうとする人間としての生き方が立体的な描写で迫ってきました。関係は変化しても、精神的なつながりは奥底では消えることはないのでしょう。また(コメント欄にもあるように)指輪をポケットにいれる行為は、「妻子持ち」の男とは別れるつもりなのだろうなと予感させますね。こういう説明的でない描写も丁寧で熟読するにしたがって魅力を感じる作品でした。

時空モノガタリK

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 長年通った駅前の喫茶店が、その春なくなっていた。代わりに人気の大手コーヒー店が店を構えている。
「なんと、ついにこんな田舎まで」
 弟の直也が顔をしかめた。
「『タシロ』のホットケーキを俺は半年間心待ちにしてたのに」
 ぶつぶつ言いながら店の前で霊園行きのシャトルバスに乗り、20分。山に囲まれた平たい町を見下ろす丘に到着した。斜面を彩る薄桃色の桜がまぶしく、私は目を細める。
 両親が眠る墓は、白く薄い桜の花びらに覆われていた。丁寧に掃除をして線香を立てると、隣で弟が背筋を伸ばし、咳払いした。
「親父、お袋。えっと、俺、来月結婚します。……から、よろしく」
「何それ。もうちょっと他に言うことないの? ほんとはマナミちゃんも今日ここに来るべきなのに」
「言ったじゃん。向こうは向こうで墓参りがあって、仕事もきつきつで、ツワリもひどくて……」
 29にして25の弟の嫁に小言を挟む小姑にはなりたくない。それでも、結婚前の最後の挨拶を相手が墓の中だからと軽視されたようで、つい毒が出る。  
 ざっと風が吹き上げ、新たな花びらが濡れて光る墓石に幾枚か張りついた。
「きりがないね」
 指を伸ばしてそれをつまむと、直也があれっと声をあげた。
「指輪じゃん」
「あー、まあね」
 ピンクゴールドの曲線を左手で隠すようになぞる。
「彼氏できたとか? いつの間に? でも付き合ってすぐ指輪とか渡さないよな、普通」
「それが、渡してきたのですよ」
 え、と直也が引くように目を丸くする。
 見つけてもらうためにわざとはめてきたくせに、あれこれ問いかける直也の質問には答えず、私たちは同じバスに乗って丘を降りた。

 1年に2回、春と秋に私たちは一緒に墓参りをし、『喫茶タシロ』のホットケーキを食べる。その後、春は桜、秋は紅葉の川岸を駅ひとつ分、30分近く歩いて、今は私ひとりが住む両親が残した家に帰る。――これが、我が家のお彼岸。
 ホットケーキの代わりにパスタを食べ、花見の家族連れやカップルにまぎれのんびりと川下へ向かう。陽光が銀色の水面を跳ね、辺りは春の輝きに満ちている。
 隣で直也の携帯が短く鳴った。
「マナミから。デートどうだったって」
「は? お彼岸だよ、仏事だよ、ってか私、姉だし」
「やー、時々言われるんだ。姉ちゃんと仲良すぎとか、彼女みたいとか」
「キモチわる。墓参りにデートっていう言葉の使い方もどうかと思う」
 言ってから思い出す。
 昔、聞いたことがある。父もまた早くに両親を失くし、このお彼岸の過ごし方は、結婚前の母とのデートコースでもあったのだと。母は本当はちょっぴり嫌だったけれど、『タシロ』のホットケーキと、この桜を目当てについてきたのだ。
「次からどうしようか、お彼岸。こういう家族行事って、やっぱりお嫁さんはあんまり参加したくないのかな」
 ホットケーキもない、直也は別の家族を築く。歩いてきた道が消えてしまうような心細さが胸を締める。
「好きにしてもらったらいいんじゃね? 俺は変えるつもりない。結婚しようが子供がいようが。向こうがきたいなら連れてくるし、嫌なら俺ひとりでくる」
 悔しいほど安心してしまい、自分に嫌悪した。
 デート、と揶揄したマナミちゃんの警戒心は、正しい。
 確かに、私は直也と距離が近い。10代で両親を一度に失い、そこから10年以上ふたりで助け合って生きてきた。成人した後も「家族だから」という不文律で、それが他人から見ると疑問に思うような距離感だったことも、自覚している。
 そっちは? と直也がくるりと振り返る。
「ケッコンしたら、どうすんの」
 思わず、吹き出した。
「これ、そういう指輪じゃないから。でも仮に結婚できたとしても、私も変えない」
 ありもしない将来を口にしたところで、私の携帯が震えた。明日の確認メール。
「私も明日、それこそデートするの」
「へえ、どこ行くの」
「決めてない」
 どうせお茶飲んでホテル行って夕方前に解散だろう。妻子もちが休日の買い出しから逃げたいがための、時間潰し。遊びゆえに距離感がおかしい。いきなり子供じみた指輪を渡されるほど。
「ねえ、私あんたの結婚、応援してるからね。わかってると思うけど」
「お? おう」
「いずれにせよ、ホットケーキに代わる何か、見つけないとね」
「だな、パスタじゃな」
 私は笑い、右手の指輪をはずしてポケットに入れた。
 春はいい。1年でいちばん柔らかな光が、正しい決断を後押ししてくれる。
「マナミちゃんの好きなものにしたら、来年は来てくれるかなあ」
「あいつの好物、パスタだぞ」
 子供ふたりから、傍から見ればデートと呼ばれる時を過ごし、そのうち夫婦と間違われて、でもその頃には他にも家族が増えていて。
 私は夢を見る。
 この土手は、私たち家族の道だ。


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このストーリーに関するコメント

17/11/21 そらの珊瑚

秋 ひのこさん、拝読しました。

どこかさみしくて、だけどほんのりと温かい、どこかで存在しているような、そんな物語ですね。
読者をあっといわせるような仕掛けはないけれど、
淡々としていて実は心の琴線に触れてゆくようなお話はいいなあとあらためて思いました。
特に好きなところは、主人公がポケットに指輪を入れるところ。たぶん不倫相手と別れることを決意したのだと推察されます。
その決断を後押ししてくれた春の光の中には、弟という家族の存在も含まれているように感じました。

17/11/21 秋 ひのこ

そらの珊瑚さま
こんにちは。
「デート」というテーマで「姉弟」を描くのは無理があるだろうか(読み手から問答無用で拒否されるかしら……)ともやもやしながら書きました。
淡々とした流れから、何かこう、ぎゅううっと温度や色のようなものが染み出てくる話が目標です(*´◡`*)
温かい感想をありがとうございました。何度も繰り返し読ませていただきました。

17/12/05 光石七

入賞おめでとうございます!
拝読しました。
主人公の繊細な心情が、春の柔らかな情景と空気感の中、丁寧に描かれていて感嘆しました。
説明的でも強く主張するでもない、淡々とした語り口。でも確実に読み手の心を揺さぶって沁みていく。
主人公が弟の結婚を受け入れ、自分の不毛な関係を清算する決意がうかがえるラストがいいですね。
素敵なお話をありがとうございます!

17/12/08 秋 ひのこ

光石七さま、こんにちは。
お返事が遅くなり申し訳ありません。
淡々とした会話を中心にじりじりと話を進める方法に憧れていて、今回はそれに挑戦してみました。
2000文字ゆえに色んなことを試せて「時空モノガタリ」は楽しいですね(^^)
丁重な感想をありがとうございました! とても嬉しかったです。

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