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マサフトさん

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海老について思うこと

17/10/30 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:2件 マサフト 閲覧数:350

時空モノガタリからの選評

「ある種常識めいたしがらみ」に縛られ、食べたい海老を買うことができない主人公。好景気時代を経験している親世代と違って、2、30代の若い世代は節約傾向がやはり強いのかもしれませんね。浪費が良いわけではないですが、自然な欲求を縛りすぎてしまうのも不自由なことなのかもしれません。自ら生み出した固定観念に縛られるというのは、節約という場面だけでなく、人生のあらゆる局面であることでしょうね。年を重ねるにつれてこのような「しがらみ」がいつのまにか蓄積していくことに気づくことは、個人的に結構あります。生活の中で起こりがちな、小さな出来事の中で感じる葛藤を素直かつ冷静な視点で描いた文章だと思います。

時空モノガタリK

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「海老が食べたい」
ふとそう思ったのは昼食の後だった。思えば好物の海老をもう長い事食べていない。今日の昼食も社員食堂で一番安いカレーライスだった。せめてシーフードカレーなら海老でも入っていたかもしれない。そんなメニューこの食堂にあるわけ無いが。

子供の頃、家族内でのお祝いには決まって海老があった。例えば尾頭付きの、車海老の塩焼き。例えば牡丹海老のお寿司。御節にも入っていたな。
独り立ちして自炊を始め、海老の値段を初めてまじまじと見たが、日々の食い扶持に一杯一杯の一人暮らしではとても手を出そうと思える値段ではなかった。その後もなかなか手が出せず、結果何年も食べないことになっていた。
長らくそんなこと忘れていたが、ふとした事になぜか今日、無性に食べたくなった。思い立ったが吉日。今日の帰りに買って帰ろう。今夜の夕食は少し豪華に成るなと、内心盛り上がった。

仕事の上がりが遅くなり、すっかり帰りが遅くなってしまった。スーパーマーケットに入ったのはもう閉店時間が近かった。
まずは鮮魚コーナーに向かう。消費期限に近い魚の切り身のパックにに、乱雑に半額シールが貼られているものが多い。つい鯖が安いだの、鮭が安いだの目移りするが、今日は海老を買いに来た。なんのお祝いでもないが。
だが、やんぬるかな海老が無い。売り切れか、そもそも今日は仕入れていないのか。無いなら仕方がない、刺身コーナーに向かう。
だが、と言うかやはり、閉店間際の半額シール効果の為か刺身はほぼ売り切れであった。くたびれた色の鮪の刺身が隅の方で廃棄の運命を待っているだけだ。もちろん握り寿司のパックは全て売り切れている。
いかんせん海老などどうでもよくなってきたが、半ば意地になって今度は冷凍物コーナーに向かう。果たして海老はあった。大きな大きな車海老が10本はいった冷凍パック。それこそお祝い用、特別な日用と言わんばかりの豪勢な海老が、輝いてすら見える。どうやらそれの他には海老らしき物は見当たらない。その豪勢な冷凍海老の値段に目をやると、四桁を優に超えている。
きっとこの立派な海老には妥当な値段なのだろう。そこにケチをつける気は毛頭無い。問題は私の稼ぎと財布の中身である。海老とスーパーと市場価格には罪は無い。罪深いのは私の不甲斐なさだ。食べたい時に食べたい物も買えない不甲斐なさ。店内を流れる年末年始の販促ソングが虚しさを掻き立てる。
別に今この海老を買ったところで今月の家計が特別苦しくなるわけでもない。この先破産してしまうわけでもない。ただ有るのは、ただ食べたくなったという漠然とした理由でこんな高級な物は買うべきではないという、腐った貧乏根性だけである。染み付いてしまった、自分の中にあるある種常識めいたしがらみに、自分で勝手に苦しんでしまっているのだ。
では今この海老を買えばそれを否定できるのか。否、それをして残るのは高いものを買ってしまったという後悔しか残らず、その後悔の前ではおいしい海老の満足感など霞のごとく霧散してしまうことは明白だった。染み付いた価値観とはなかなか変えがたい。
冷凍海老の前でしばし棒立ちしている間に店内放送の「蛍の光」が流れ始めた。もうスーパーも閉店する。海老に迷う時間はもう終わりだ。ただ、何かひとつ自分の不甲斐なさへの抵抗と、海老を食べたいという当初の目的を叶えたいと思った。
レジへの道すがら、カップラーメンのコーナーに寄り、小さなフリーズドライの海老が入ったカップラーメンをカゴに入れた。百数十円のカップラーメンを。思い付けたのはこのくらいのことだった。

お祝いの度に海老が食べられる家庭のなんと幸せなことよ。私の両親はそれをやってのける有難い方達であった。今度里帰りした時は私が海老を買おう。そんなときこそ、今日買えなかった海老の分のお金を使おう。
ただ、今は、カップラーメンに入っている小さな小さなフリーズドライの海老を頂こう。これが今の私の姿だ。この小さな海老が、伊勢海老とまではいかなくても、車海老くらいには成れたのなら、私の人生はきっと充実したものになるのだろう。
子供の頃に食べた、尾頭付きの、車海老の塩焼きの様に、しょうゆ味のカップラーメンはしょっぱかった。


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このストーリーに関するコメント

17/11/01 文月めぐ

『海老について思うこと』拝読いたしました。
日常のちょっとしたことですが、「迷い」とは身近にあるものですよね。

17/12/19 光石七

入賞おめでとうございます!
拝読しました。
私も貧乏性なので、主人公の迷いに大いに共感しました。
主人公は素直で真面目な人なのでしょうね。帰省したら家族に海老を買おうと考えるのは偉いと思いますし、応援したくなりました。
ほとんど改行が無いにもかかわらず読みにくさは感じず、真面目な中に仄かなおかしみが漂う文章に自然と引き込まれました。
面白かったです!

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