1. トップページ
  2. 速度が変わる時計

ケイジロウさん

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

速度が変わる時計

17/10/30 コンテスト(テーマ):第146回 時空モノガタリ文学賞 【 デート 】 コメント:0件 ケイジロウ 閲覧数:152

この作品を評価する

 細かくなったレタスがベルトコンベアの上をゴミのように流れていくのを、亀田剛は眉間にしわを寄せて眺めていた。傷んでるレタスをはじくのが亀田の任務なのだが、次から次へと流れてくるレタスに目を回さないようにするのに必死で、とてもじゃないが、3oの傷みを見つけることなど、亀田にはできなかった。
「ちょっと、亀田君、ぼけーっと見てるだけでどうすんの、もっとひっくり返して、いろんな角度からちゃんと見てちょうだい」
 この地獄の検品作業をはす向かいで一緒に行っているおばさんが、あわただしく手を動かしながら機械の音に負けない声で叫んだ。
 亀田は無視した。そして、この作業中に一番やってはいけないことを亀田はしてしまった。それは壁にかかった時計を見ることだ。
 うっ!まだ一分しかたってないっ!
 亀田にとってその一分は一時間にも二時間にも感じられた。
「だめだこりゃ」
 おばさんは、亀田に聞こえるようにひとり言を叫んだ。
 おばさんは一秒に一つくらい何かをはじいていた。一体何が気に食わないのか。亀田にはそんなに傷んでいるようには見えなかった。このおばさんの動体視力は卓球選手並みなのか、もしくは、なんにも見えていないかどちらかだろう。しかし、亀田にとってはどちらも同じことであった。
 一時間で交代が来る。そして、他の作業を一時間か二時間やって、またこの検品にもどってくる。そうして中身のない一日がおわっていく。亀田にとってこの検品の時間は修行であった。修行と考えなくてはやっていけない。それ以外の動機はなかった。
 しばらく経った。もはや亀田にとって、目の前を流れているモノはレタスではなかった。緑色であることも怪しくなってきた。本当は赤なのではないだろうか。レタスなんてただのタンポポなんだろ、赤いタンポポ、今日の昼ごはんはなんだろう、タンポポ丼、オレハコンナトコロデコンナコトヲヤッテイテイイノダロウカ……
「おい、こうたい」
 おじさんが亀田をゆすった。
「あ、ありがとうございます」
 亀田は目をパチパチさせながらこわばった肩を回した。ベルトコンベアには緑色のレタスがゴミのように流れ続けていた。
 午後、段ボールからレタスを出す、軽作業をやっていたら、社員が胸をそらしてやって来た。
「検品。高橋さんと交代」
 エラソーに。亀田は返事もせず検品に向かった。
 高橋と交代した亀田は、検品の相方を念のため確認した。またあの卓球選手じゃ困るのだ。
 前を見ると新人の女の子が下を向いて怯えていた。状況を把握するのに少しの時間が亀田には必要だった。
「亀田君、この子、五月女さん、新人だから教えてあげてね」
 高橋がそう言って、去っていった。
 五月女は、よろしくお願いします、と無言でいった。
 天使……、天使が、段ボールに入れられた怯えた子猫のように亀田を見つめた。亀田は子猫を抱えだし、君を守る、と宣誓した。ばばあのパワハラ、じじいのセクハラから君を守る、亀田はそう宣誓した。
 亀田は五月女のはす向かいに立ち、ベルトコンベアのスウィッチを押した。
「えーと」
 亀田はだるそうに言った。口元はゆるみ切っていたがマスクをしているのでばれる心配はなかった。
「なまえは」
「五月女です」
「へー」
 ゲートからレタスが生き生きと一斉にスタートしだした。
「みてて」
「はい」
 亀田はしゃきしゃきの水水しいレタスを前に、卓球選手のようにかまえた。傷んでいるレタスは許さない。亀田はレタスをかき回し、隠れて関所を通過しようとしていた無法者をつまみ出し、それを五月女に突き出した。
「これをつまみだして。かくれてるから。ここから先はお客様の口だからな、真剣にな」
「はい」
 亀田は五月女をチラっとのぞいた。かまえに力みがある。それがまた愛おしく感じられた。
 亀田はフル回転で眼球と手を動かした。その俊敏な動きはもはや素人の理解できる範囲ではなく、職人技と呼べるものだった。五月女のぎこちない手が亀田の手に当たった。それは亀田にとって手を握る行為そのものであった。
 デートそのものであった。亀田の胸はキューンとしめつけられていった。
 その時だ、
「おい、こうたい」
 おじさんが亀田をゆすった。
 まだ始まったばかりじゃないか、亀田は驚き初めて時計をみた。なんと、いつの間にか一時間が経っていたのだ。
「あっ、おれ、大丈夫っす。もう一時間やるっす」
 亀田は眉間にしわを寄せ、責任感と言う字を自分の背中に提示した。
「おう、そうか、わりーな」
 おじさんは去り、誰かがやってきた。
「五月女さん、交代よ」
「あ、はい」
 五月女はそそくさとどこかへ消えた。
 亀田は五月女の想定外の後ろ姿に失望を感じつつ後釜を見た。
 あの卓球選手がラケットをふってウォーミングアップをしているのであった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン