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野々小花さん

野々小花(ののしょうか)です。文化教室に通って、書く勉強をしています。

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ルージュ

17/10/30 コンテスト(テーマ):第146回 時空モノガタリ文学賞 【 デート 】 コメント:0件 野々小花 閲覧数:165

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 雪乃が待ち合わせ場所に着いたのは午後一時だった。約束の時間まで、あと一時間は余裕がある。昨夜、場所と時間を指定するメッセージが莉子から届いた。昨日は学校で一度も会えなかった。クラスが離れているから仕方がない。
 メッセージの語尾にはハートマークが並んでいて、それを見た瞬間、雪乃は思わずスマートフォンをベッドの上へと投げ捨てていた。ひどく顔が熱い。叫びたくなるくらいに恥ずかしい。しばらくするとスマートフォンがまた光った。「既読スルー?」という言葉の後に、仕方ないなぁと笑ったスタンプがある。雪乃は慌てて返信をした。慌て過ぎて「するーじゃない、ごめんわかった明日の」と、誤って途中で送信したようなメッセージになった。
 いつもこうだ。莉子のことになると雪乃はおかしくなる。正常に動くことを知らないロボットみたいになる。そんな自分を莉子だけには知られたくないと思う。だからこうやって一時間も前に来て、平常心という言葉を心の中で唱え続けているのだ。

 約束の時間ぴったりに莉子は来た。白いシャツに黒いパンツという相変わらず素っ気ない格好だった。つやつやした長い髪が揺れている。
「今日は何時に来たの」
「ついさっき。五分くらい前」
 咄嗟に嘘をついた。悟られないように、なんでもない顔をして雪乃は莉子と一緒に歩き出した。一時間も前から待っていたなんて絶対に知られたくない。けれど毎回「何時に来たの」と確認してくるから、本当は気づいているのかもしれない。莉子は油断ならない奴だ。自分の好きなひとをそんな風に表現するのは間違っているのかもしれない。でも莉子はそういう奴なのだ。ちらりと横を盗み見みると、彼女は鼻歌をうたいながら飄々と歩いていた。
 莉子と付き合いだしたのは半年前だ。彼女のことは高校に入学したときから知っていた。友達に誘われて、なんとなく行ったコンサート会場に莉子はいた。人見知りの雪乃に優しく話しかけてくれた。今日と同じように白と黒の服を着ていたのに、派手な衣装を着てステージで歌う歌手よりも彼女のほうがスポットライトを浴びているように思えた。そんな莉子を見ていると、頭の奥が熱を持ったようになった。気づいたら、彼女のことしか考えられなくなっていた。同性の恋人ができたことは、親にも友達にも、誰にも言っていない。ずっと言えない気がする。

「こっちの色のほうが似合うかな」
 百貨店の化粧品売場の一角で、莉子はさっきから口紅の色を熱心に見ている。莉子に選ばれた口紅は、どうやら雪乃のものになるらしい。
「誕生日プレゼントならこの間もらったけど」
 先週、雪乃は誕生日だった。映画を見に行って、和食のお店で昼食を食べて、帰りに莉子からリボンのモチーフのネックレスを貰った。家を出る前に繰り返し練習した「ありがとう」を笑顔でちゃんと言えた。初めて出来た恋人に、誕生日プレゼントを貰うという雪乃にとっての一大イベントは、それで無事に終わったはずだった。
「一個って決まりはないでしょ」
 決まりはないけれど二個あるなんて普通は思わない。やはり莉子は油断ならない。会計を済ませると、口紅を雪乃に手渡してくれた。
「あ、ありがとう」
 練習していないとうまく言えないし笑顔も作れない。莉子といると楽しいよりもまだ緊張のほうが大きい。いつか慣れるんだろうか。慣れないうちに、莉子とは終わってしまうかもしれない。時々そんな風に考える。誰も自分たちの関係を知らないから、仮にそうなったら何も残らないと思っていた。恋人だったという事実さえも消えて無くなるような気がしていた。だからネックレスを貰ったとき、本当に嬉しかった。カタチあるものが残れば、消えてなんて無くならないと思った。
「雪乃、ネックレスしてくれないから」
 拗ねたように、莉子はそっぽを向く。
「な、なくしたら困るから」
「そうなの?」
 そうだ。無くしたら大変だ。きっと死ぬほど後悔して、無くした自分を呪い続ける。

 カフェで並んで座り、ココアを飲みながら、この口紅もネックレスと同じで、使えずにしまったままになるのだろうと雪乃は思った。せっかく買ったのにと莉子は怒るかもしれない。それでもやっぱり使えない。使えば消えて無くなってしまう。
「塗ってあげる」
 雪乃の手の中にある小さな包みを、莉子は優しく奪い取る。
「あ、駄目だよ。使ったら」
「また買ってあげるから」
 だからいいでしょう、と強い目で訴えてくる。雪乃が頷くと、長い指に顎を掴まれ固定された。ゆっくりと唇に色が塗られていく。
 真剣な莉子の顔がすぐ目の前にある。雪乃はぎゅっと目をつぶった。心臓が激しく波打っている。恥ずかしいくらいに、顔が赤くなっているのがわかる。
 平常心、平常心。無駄だと思いながら、それでも悪あがきのように、雪乃は心の中でそう唱え続けた。



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