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吉岡 幸一さん

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山田さんと初秋の本屋

17/10/29 コンテスト(テーマ):第146回 時空モノガタリ文学賞 【 デート 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:170

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 欅通りの道沿いには小さな本屋がある。僕は毎週大学からの帰りに立ち寄っては週刊漫画雑誌を買っている。
 本屋の前に自転車を止めて硝子のドアを引いて入っていくと、山田さんはいつもレジの前に座って本を読んでいる。白いカーディガンの胸元につけられた名札の上にかかる黒い髪が美しくて、見惚れそうになる気持ちを押しころして本を探すふりをする。
 店内を歩きまわりながら時々立ち止まっては本を手に取り頁をめくってみる。視線は本に向いていても気持ちは山田さんに向いている。それを悟られないように自然な素振りで顔をあげて外を見ながら、視線の隅に山田さんの姿を入れる。
 街はずれの小さな本屋なので客は多くはない。近所の人たちや近くにある公園で遊ぶ子供らが客の中心である。
 ここに通うようになって三か月、近所の住人と山田さんは思っているかもしれないが、僕はここから自転車で三十分の距離に住んでいる。漫画雑誌を買うのが目的なら家の近くのコンビニでも買える。
 客と店員の立場を超えた会話なんてまだしたこともない。この先も期待できない。僕にはそんな勇気はないし自信もない。
 初秋の日差しは夕方になっても柔らかい。小さな女の子を連れた母親が絵本をひろげて小さな声で読んでいる。女の子は絵本の青虫を指さして「おおきいね」と、言いながら笑っている。山田さんは座って読んでいる親子をまったく気にしていないもよう。
 雑誌が置いてあるところでは髭をたくわえた老人が熱心に将棋雑誌を捲ってブツブツ呟いている。僕は本屋のなかをゆっくりと回遊している。
 入口のドアが引かれると肩にオウムを乗せた男が入ってきた。水色と黄色の羽をもつオウムの足を鎖でつないでいる。男は本に見向きもせず真っ直ぐに山田さんの前にいく。早口で駅までの道のりを聞いている。山田さんは読んでいた本から目をあげると丁寧に道を教えている。ただの道案内なのに山田さんと話している男が羨ましくて胸が苦しくなってくる。
「おなかがすいた。こんにちは」
 オウムが唐突にしゃべりだす。甲高く耳障りな声だ。
「あ、オウムさんだよ、ママ」
 絵本を見ていた女の子が駆けてきて男の足元で飛び跳ねながらオウムを見ている。遅れてきた母親はオウムがよく見られるように女の子を抱えると、突然クシャミをした。オウムは羽をバサバサさせるが、男は慌てることもなく足を押さえ羽を撫でてすぐに落ち着かせてしまう。
「おなかがすいた。こんにちは」
 男が頭を下げるとオウムも頭をさげる。駅までの道を聞いてすぐに店を出ていくのかと思っていると、男は店をでたが外で煙草を吸い始めた。急ぐ様子もなく欅を見上げている。
「おなかがすいた。こんにちは」
 オウムの声は外に出ても店の中まで聞こえて来る。
 将棋の雑誌を読んでいた老人が鉄道の本を持ってレジに向かう。お金を受け取った山田さんは丁寧に本にカバーをかけビニールの袋に入れて老人に渡している。老人は本を受け取ると一度咳をして顔を近づける。
「考えてくれたかね。息子との見合いを。ワシはあんたに息子の嫁にきて欲しいと思ってるんじゃがな」
 山田さんは困ったように頬を指さきで掻く。
「わたしはまだどなたとも結婚するつもりはないんです。せっかくのお話なんですが……」
「ワシは諦めんぞ。また来る」
 老人が出て行こうとすると、山田さんは棚の下からお見合い写真を取りだして老人に返そうとするが、老人は首を振って受け取ろうとはしない。山田さんは写真を返せないまま老人は店を出ていく。店を離れていく老人の背中をオウムが黙って見つめている。
 僕はいつもの週刊漫画雑誌ではなくジャック・プレヴェールの詩集をもってレジに向かう。山田さんに渡すと不思議そうに僕をみて瞬きを繰り返す。
「フランス文学に興味があるもので」
 何も聞かれないのに聞かれたつもりなってつい格好をつけて答えてしまう。
「わたしもフランスの文学は好きですよ」
 山田さんは読んでいた本を閉じて表紙を見せる。スタンダールの「赤と黒」なぜかくすっと笑う山田さん。僕は照れくさくなって微笑んでしまう。
 母親と女の子はまた絵本をひろげて読んでいる。店を出ると煙草の煙にむせながらオウムが僕の背中にむかって話しかけてくる。
「おなかがすいた。こんにちは」
 僕は自転車に跨ってこぎだす。今日は山田さんと話ができたと喜びながら秋風のさきに走っていく。いつか山田さんをデートに誘えたら、と夢みながら……。


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