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かわ珠さん

自分の好きな作家さんの言葉のチョイス、並べ方、区切り方、リズム、テンポに少しでも近付けるような文章が書けるようになりたいです。

性別 男性
将来の夢 世界平和
座右の銘 愛は時空を超える

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残った最後の弾丸を天井に撃ち込む

17/10/28 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:0件 かわ珠 閲覧数:375

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 小さな頃からスラム街で育ってきた俺が生き抜くためには、地元の強力なマフィアに入ってしまうのが一番手っ取り早い術だった。それは生きるために必要なことで、悩む必要性なんてなかった。そこで多くの罪を犯してきたが、後悔などしたことはなかった。
 そうして育ってきたある日、そんな俺に『悩むことができるっていうのは、選択肢があるということ。つまり、可能性があるってことでしょう。あなたは、これまで一体いくつの可能性を捨ててきたの、もったいない』と、笑って手を伸ばしてきた女がいた。
 行きつけの酒場にたまたま来ていたという、華なんて欠片もない地味な女。ただ、彼女は今までに体だけの関係で付き合ってきた女たちとは明らかに違っていた。
「ほら、あなたは今、私の手を取って走り出すことができる。手を取らずに立ち去ってもいいし、いきなり抱きしめてキスをしてもいい。ね、選択肢なんていくらでもあるんだよ。迷いなさい。人生、迷ってなんぼだよ」
 そう言った彼女の手を、気が付けば俺は取っていた。その目はガラス玉のように澄んでいて、まるで俺の知らない俺の心を覗き込まれているように感じた。
「選択肢がない、なんて嘘だ。可能性はいくらでもある。君はただ、他の選択肢が見えていないだけ、他の選択肢がないと思い込まされているだけなんだよ。もっと視野を広く持たなきゃ」
 それ以来、彼女はことあるごとに『迷いなさい』と、諭すように俺に語りかける。選択肢はいつだって、いくらだってあるんだよ、と。

 今、俺の目の前には椅子に縛られ、口から血を流す彼女。
 その背後にはいつものようにニタニタと笑う首領。
 俺は今、彼女に銃口を向けている。
 別に、俺がなにかヘマをやらかしたわけではないし、彼女が間違いを犯したわけでもない。ただの首領の気紛れだ。最近俺が入れ込んでいる女がいる、という噂を聞いて、面白半分で彼女を痛めつけただけだ。首領の気紛れでこの街は回っている。
 そして、首領は俺に彼女を殺させようとしている。きっと、これも面白そうだ、というだけの理由なのだろう。
 選択肢なんてない。
 首領の両脇には用心棒が二人。そして、出入り口にも首領の腹心が一人立っている。抵抗なんてできるはずもない。逆らえば、必ず彼女と共に殺される。彼女が死に、俺が生き残るか。それとも両方死ぬか。どっちが最善の選択なのかは考えるまでもないだろう。
「……最後に何か言い残すことはないか」
 と、問う俺の声は震えていないだろうか。少しでも弱みを見せてはならない。奴は弱みに付け込むのが得意だ。
 彼女のガラス玉のような目は曇っていない。真っ直ぐに俺の目を見て、叫ぶ。
「迷うな!」
 と。
 迷いなさい。選択肢はいくらでもある、と言い続けていた彼女が放ったその言葉。その意図を、俺は理解する。
「がはは! 肝っ玉の据わった姉ちゃんは好きだぜ!」
 と、首領は笑う。
 ああ、知っていた。
 迷わずに俺は引き金を引く。
 鮮血が散って、倒れる首領。
 銃に込められた弾は八発。四人を殺すには充分だ。いくら腕の立つ人間とはいっても、唐突に起きた想定外の事態には反応が遅れる。特にここにいる連中は俺のことをよく知っている。俺がここで裏切るだなんて、誰一人思ってもいなかっただろう。例えそれが瞬間的なものであったとしても、俺にとっては十分だ。
 すぐさま首領の両隣の用心棒二人に二発ずつ撃ち込む。そしてそのまま体をひねって振り返る。
 その瞬間、右脚を熱が貫く。
 撃たれたか。
 けれども、そんなもの関係ない。心臓と脳を撃ち抜かれない限りは問題ない。
 首領の腹心にも二発の銃弾を撃ち込む。それとほぼ同時にもう一発の弾丸が俺の左腹部を貫通した。
 訪れる静寂。
 足を引きずり、腹を押さえながら椅子に縛られた彼女の縄を解く。
「大丈夫?」
 なんて、口から流す血を拭かずに彼女は言う。
「ああ、命に別状はないよ。知り合いのヤブ医者に診てもらうわ」
「そう、よかった」
「ありがとう」
「なにが?」
「君の言葉。あれに助けられた」
 迷うな。
 それはつまり、俺が迷っていたということだ。それを彼女は見抜いていた。迷ったことなど無いと思っていたこの俺が。
 そう、選択肢はいくらだってあったはずなのだ。今までにもずっと。ただ、それに気付かなかっただけ。見えていなかったのだ。
 現実は意外と簡単に変えられる。選択肢は必ずあるのだ。それを彼女は教えてくれた。
 そっと彼女は手を伸ばす。初めて出会ったあの時のように。俺はその手を取って、彼女を椅子から立たせる。初めて出会った時とは違い、お互いに血まみれになってはいるけれども。
 選択肢はいくらでもあるのだ。
 残った最後の弾丸を天井に撃ち込んで、銃を放り投げる。
 さあ、これから俺たちはどこへ向かおうか。


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