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眠々瀬未々さん

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薄着で夜空に飛び出した

17/10/28 コンテスト(テーマ):第146回 時空モノガタリ文学賞 【 デート 】 コメント:0件 眠々瀬未々 閲覧数:143

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 薄着で夜空に飛び出した。冷たい空気が私を撫でて、あのオリオン座の右隣から、あなたがこっちを見つめている。私はもう、何度こうやってあなたに会いに行くのだろうか。後何度、私はあなたに会えるのだろうか。この街が奇跡を否定して暗くなっても、私達は奇跡の形を知っている。手のひらの上に座って、首を傾げる奇跡を知っている。知っているから笑っている。奇跡が否定されても、あなたと私は笑っている。手のひらの上で、暗闇を照らした。手のひらに伝わる熱さを、私達以外誰も知らない。今晩もまた、誰も知らない奇跡が、私の上で月光ソナタを弾いている。
 駆け出すと、緑の匂いが私の鼻腔を撫でた。幼い子供が嗜む、美しく不滅の緑の匂い。それから、冷気を取り込んだ鼻や口が、異物の詰まった蛇口のように、ポツポツと空気を吐いた。肺が冷たかった。私の体は冷たかった。赤くなった頬に冷気が押し寄せ、瞳から薄い涙が垂れて行った。アスファルトを蹴り飛ばす足が、空気を切り裂いて前に進んで行く。月が綺麗だ。雲の隙間から、淡い黄色いカーテンを垂らしている。
 一際大きな息を吐いて、私は止まった。前に屈んで、私は空気を吸い込んだ。冷たい。それでも手のひらは温かった。私は手のひらを月に翳した。指の隙間から零れ落ちた奇跡に、私は舌先で触れた。温かくて甘い味がした。軟水のような舌触りで、仄かにミントの匂いがした。アスファルトの上にも垂れた。垂れた所だけが白く光って、しばらくすると湯気が立った。数分間そうしてから、私は前を向いて、また走り出した。

 長方形の白い鉄製の床の上を私は歩いた。木製の板に、井戸の底のような色を塗りたくった階段を、私は歩いた。外に景色を向けると、山々の上にはミルクがかけられている。湖の中からナイフとフォークを取り出して、男は山に対して平行に、ナイフで切れ込みを入れた。湖の水が跳ね回り、階段を登る私の肩にもかかった。山はうめき声を立てた。赤黒い肉をフォークで抑えながら切り離していき、とうとうレンガのような厚みのある肉塊を男は取り出した。山は傾き、火を噴きながら湖に屈むように倒れた。山椒のかかった肉塊をミルクに押し付けて、男は口に運び入れていった。ミルクが地面に垂れる度に、地面に亀裂が走り、湖は泣いた。空から血の涙が降り注いだ。私は先を急ぐことにした。
 菱形の窓が付けられた鉄製の黒い扉が、私の行く末に姿を見せた。私は階段を駆け上がっていった。その時、右足の膝から下が、ガラスの割れたような音を立てて崩れていった。白黒の階段に、私の足が砕け散っていく。不協和音に私は耳を塞いだ。だから私は、よろけてしまった。
 よろけた私は、肩を白い鉄製の床にぶつけた。刹那、右肩は崩れ去り、私は右耳を床に押し付ける形になった。立ち上がることは出来なかった。奇跡が零れ落ちていき、空の雲行きは一層悪くなっていった。奇跡が傷付いた悲しみを、大地が、空が、湖が、ありのままに表現した。山だけは沈黙していた。空が泣くのを雨と呼ぶなら、空が叫ぶのを人は嵐と呼ぶのだろうか。木々を切り刻み、空は叫んだ。湖は盆をひっくり返したように、水を天高く飛ばしてみせた。大地は、粉々になったフロントガラスのような亀裂から、赤黒い血を吐いた。
 私は左手を伸ばして、奇跡に触れた。奇跡は私の手を弾き、階段からジャンプして、地面へと飛び降りた。触れた左手は、指の先端から砂のように崩れ落ちていき、砂が床を撫でて月光のソナタを奏でた。
 後何度、私はあなたに会えるのだろうか。これが最後というのであれば、それでいい。ただ、一秒でも長くあなたの声を聞かせてください。一秒でも長く、どうか私の目は、あなたのことを映していてください。どうか、私の心だけは私のそばにいてください。私に力を貸してください。
「待たせたね」
 黒い扉の向こうから、彼の声がした。右耳は砕け、私は残った左耳で彼の声を聞いた。
「今、扉を開けるよ」
 瞳が溶け出して、視界は、水の中で空を見るように歪み、徐々に見えなくなっていった。ああ、あなたの靴のほんの先さえ見ることが叶わない。
「あなたを愛しています」
 私の心は、口から飛び出していった。噎せた弾みに、私の感情達はそれぞれ階段から飛び降りた。だから私は、あなたの言葉にどう答えていいのか分からない。
「明日、もう一度来てほしい」
 そういって、その人は扉を閉めたようである。光が閉ざされ、階段は真っ暗になった。体がすっかり砂になってしまった彼女は、階段を優しく撫でて、やがて春の空に羽ばたくために、階段から零れ落ちていった。
 翌日、ある1匹の鳥が砂の1つを偶然飲んだ。すると、鳥の目の前に奇跡が姿を表した。鳥は目を曇らせて、首を振った。が、観念して飛び上がり、あの扉を目指した。あと1度、知覚出来なくてもいい。彼に会いたかった。


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