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Sage.Nさん

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待ちぼうけ

17/10/27 コンテスト(テーマ):第146回 時空モノガタリ文学賞 【 デート 】 コメント:0件 Sage.N 閲覧数:151

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(来ないのかな……)
 喫茶店の窓際の席に座った少年は、目の前に置かれたコーヒーカップの中身を見つめながら思った。カップの中身は、少年の頭のなかみたいに黒くにごっている。
 今日は人生で初めてできた恋人との、初めてのデート。張り切っておしゃれをして、約束の時間よりもだいぶ早く待ち合わせ場所の喫茶店に着き、おとなぶってブラックコーヒーを頼んだ。しかし約束の時間から、もう二時間も経つのに、彼女は来ない。スマホのメッセージアプリで何度かメッセージを送ったが既読はつかず、電話もかけてみたが応答はない。
(ドタキャンか。いいや、そんな子じゃない。真面目と律儀が服を着て歩いているような子だ。あと五分だけ待とう)
 そう決心したのが、一時間前。あと五分あと五分と思っているうちに約束の時間から二時間が経って、頼んだブラックコーヒーはもうすっかり冷めている。
 そうしてまた、次の一時間が過ぎようとしたとき、入口に彼女が見えた。うつろな顔を左右に振って少年を探している。少年は腰を浮かせて手を挙げた。彼女は、店員に案内も乞わずに一直線に少年のもとにやってくると、小さい声でつぶやいた。
「ごめんなさい」
 そういう彼女は、汗ひとつかいていない。遅れてきたくせに、急いだ様子もない。怒ってもいいところだったが、それよりも少年は安心した。来てくれたという喜びのほうが強かった。それで、こんな冗談をいった。
「いや、いいよ。そんなに待ってないし。おれも、いま来たとこだから」
 少年がおどけて笑うと、彼女は悲しそうに笑って、消えた。文字通り、消えたのである。
「え、え?」
 驚いて、少年が周囲をキョロキョロと見回していると、卓の上に置いてあったスマホが音を立てて震えた。電話がかかってきている。しかも画面に表示されているのは、彼女の名前。出てみると、聞き慣れぬ女の声がした。
「もしもし、Nくんですか?」
「はい」
「娘が、いつもお世話になっています。Mの母です」
「はあ」
「その……ごめんなさいね、娘のケータイにあなたからのメッセージが来ていたものだから、どうしても伝えなければならないと思って、電話させてもらいました。じつは娘は、今朝、死にました」
「えっ」
 頭が真っ白になった。その真っ白な頭のなかに、「死」という言葉が浮かび、それがさっき彼女自身から聞いた「ごめんなさい」という言葉と結びついて、淡く明滅し始めた。女の声は続ける。
「家を出たところで、車に跳ねられて……即死でした。だから、ごめんなさい。約束があったんですね。娘は今日、あなたとお出かけするのを、すごく楽しみにしていました」
 それらの言葉は、意味のわからない言語のように、音として認識できても、内容が頭に入ってこない。
「えっと……すみません、ちょっと、混乱してるので、一旦電話切ります」
 少年は呆然とした顔で通話を終え、スマホの電源を落とした。それから、たったいま彼女が消えた場所を見た。誰もいない。なにもない。ただ、急死しておきながら、わざわざそれを謝りにきた、真面目で律儀な彼女を、じつに彼女らしいと、切なく感じた。
 少年はカップを手に取り、すっかり冷めたコーヒーを飲む。喉を凍らせるほどの冷たさと、理不尽な苦さは、人生の味だと思った。


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