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伊崎さん

伊崎です。ファンタジーに恋愛を織りまぜた作品をよく執筆してます。姉弟、兄妹ものが好きです。よろしくお願いします。

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さいごの言葉

17/10/27 コンテスト(テーマ):第146回 時空モノガタリ文学賞 【 デート 】 コメント:0件 伊崎 閲覧数:216

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「ね、デートしよ」
 彼女はそう言って、僕の手を引いた。

「デートって……デート?」
「そうよ。だって一度もしたことなかったじゃない?」
 当たり前のことをそんな不満そうに言われても困るのだが。
 そう思いながらも、僕は彼女の横に並んで歩いた。
「公園をうろつくのがデートって言える?」
「お散歩って言ってよ!」
「…………」
 彼女が何も話さなければ、僕達の間には何の音も流れない。こんな時、何を話したらいいのか僕にはわからなかった。

 明るい性格の彼女に対して、僕は幼い頃から暗い性格をしていたと思う。滅多に表情を変えることもなければ、リアクションも薄い。そんな子供だった。それでも彼女だけは、僕のことを見て緩やかに笑ってくれたのだ。その笑みに包み込まれるような気分が心地よくて、わざとしかめ面をしたこともある。
「ねえ、裕君。大学ではどんなことをしてるの?」
「えっ? 急に何だよ……」
「だってあなた、全然学校でのこととか話さないでしょう」
「あー……まあ、普通だよ」
 少し面倒くさがって答えると、彼女は頬を膨らませて僕の額を叩いた。
「痛ッ」
「ちゃんと答えなさい!」
「わかったわかった。じゃあ、とりあえず座ろう。ほら、そこのベンチ」
「話を逸らそうとしてなぁい?」
「してないよ。もう辛くなってきただろ? 座ろう」
「…………」
 僕のその言葉に彼女は何も返さず、従った。背中を支えるようにして、ゆっくりと座らせる。そして、僕もその横に腰を下ろしたところで、ハッと思い立つ。腕の時計に目を向けた。
「やべっ、薬の時間だ……! 待ってて、今すぐ出すから――――……っ、あ」
 言ってから、思い出した。冷汗が噴き出す。そして固まった僕を見て、彼女は気にせずに笑ってみせた。
「もうそれはいいの」
「……うん、そうだったね。ごめん、癖になってて……」
「ふふっ、どうして謝るの? 私は嬉しいよ。だって、あんなにたくさん飲まなくてよくなったんだもの」
 背負っていたリュックから飲み物を取り出して、彼女に手渡す。一緒に取り出したひざ掛けは僕がかけてやった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
 そんな簡単な挨拶でさえ、彼女は苦しそうに息を吐きながら言葉を紡いだ。僕は震える指先を上着のポケットに隠して、何もなかったかのように話を続けた。
「学校はちゃんと行ってるよ。ゼミも楽しいし」
「そう……よかった。お友達は出来た?」
「当たり前じゃん」
「当たり前じゃないから聞いてるのよ。裕君、小さい時はいつも私に泣きついてたじゃないの。『お友達が出来ないよー! うわーん!』って」
「なっ、本当に小さい時の話じゃないか!」
「……うん。もうずっと昔の話ね」
 遊具で遊ぶ子供達を眺めて、彼女は微笑んだ。肩で息をする姿を見て、僕は思わずその背に手を当てる。ゆっくりと擦ってやると、彼女はやはり笑って僕のことを見上げた。
「私、裕君とのデートが一番楽しかったなぁ」
 その言葉を聞いた瞬間、心臓に突き刺さるような痛みが走った。堪えきれず震えたまま、僕は彼女から顔を背ける。
「何言ってんだよ。こんなのデートじゃないだろ」
「ううん、立派なデートよ」
 ぽたぽた、と零れた僕の涙を見て、彼女も泣いていた。薬の影響で真っ白になった髪の毛が風に靡く。丸くなった背中は、幼い頃に見た母の背中とは変わりきってしまったが、温もりだけは同じだった。
「あなた、お父さんに似て無口だから……心配だわ。あなたの優しさに気づいてくれる子がいるかしら」
「これでも随分友達増えたんだけどね」
「そうよね。だって……私の息子だもの」
 皺だらけの手が僕の頬に添えられた。その手を握って、僕は唇を噛む。
「いつか結婚して、年を取っても、こうして奥さんと散歩しながらお話をしてあげてね」
「……うん、わかったよ。そうする」
「……ありがとう、祐介」
 僕の肩に凭れると、母はゆっくりと目を閉じた。
「祐介、祐介……祐介」
 彼女が僕の名前を口にする度に、段々と命の灯が消えていく気がした。か細くなっていく声を聞いて、僕は咄嗟に自分の唇を手の平で押さえつけた。泣いて叫び出しそうになってしまうのを必死に堪える。
 やがてその手を彼女の手の上に重ねると、僕は不器用に笑った。
「母さん、今度はちゃんとしたデートをしよう。母さんの行きたいところ、どこにだって連れて行く。だから……――――まだ、待ってよ」

 もう、僕の名前は聞こえなかった。

「……母さん」
 幼い頃、抱き締めてくれた母の顔のまま、彼女は眠っていた。


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