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ちほさん

心のあたたかくなるお話を じっくりと書いてみたいです。

性別 女性
将来の夢 図書館にある子どもの本を全て読むこと。 童話作家になること。
座右の銘 たいせつなのは、どれだけたくさんのことを したかではなく、どれだけ心をこめたかです。(マザー・テレサ)

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塗れない空白をどうしたい?

17/10/26 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:0件 ちほ 閲覧数:170

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「あら、どうしたの?」
  泣き出しそうなわたしは、声をかけてくれた女の先生を見上げた。幼稚園の『りんごぐみ』のみんなが、わたしの塗り絵を覗き込む。まだ1つも塗れていないわたしに、「また迷っちゃったのねぇ」と先生は困った顔をした。他の子も先生のマネをして「まよっちゃったの?」「まよっちゃったんだって。かわいそうだねぇ」……と心配そうに口々に言う。わたしは、ぼんやりとクレヨンに目を落とした。どこに、どんな色を塗ればいいのか迷う。赤系だけで10種類もあるし、緑系は11種類もある。その上「あおみどり」など、どっちともとれる色も数種類ある。『りんごぐみ』のみんなは12色くらいのクレヨンを使っているのに、わたしに両親が与えてくれたクレヨンは60色入り。
「1つだけ色を決めてみたら? 黄色なら失敗はないと聞いたことがあるわよ?」
 先生の助言で、恐る恐るそうしてみた。が、わたしは絶望して泣き出した。
「ちがうちがう! ここ黄色じゃないの! そうじゃなくて、もっともっと……!」
 でも、どんなに泣いても、塗ってしまったものはもう消せないので、余計に落ち込んだ。
 幼稚園のお休みの日に、先生がわたしを都会の大きな書店に連れ出した。塗り絵の本ばかりを集めたコーナーで、先生は両手を広げた。
「さぁ、お気に入りはあるかしら?」
  わたしは汗だくになって探し続け、自分好みの塗り絵の本を1冊だけ見つけた。『ホーム〜家〜』という英国から輸入されてきた大人の塗り絵だった。どうやらわたしは、子ども受けする塗り絵よりも、大人の好む芸術的なものの方が好みだったようだ。
 『ホーム〜家〜』は約200ページあり、一戸建ての家をあらゆる方向から魅力的に描いていた。大きく分類すると、家の外観と内部、そして庭。不動産屋の広告のような絵だったが、わたしは気にならなかった。
「そらいろ」を手にした。この家の屋根は「そらいろ」以外は考えられない。そんな風に、まるでわたしの気持ちにピッタリと寄り添ってくれるように、色がすぐ見つかる。『ホーム〜家〜』の帯に書かれていた「どんな色に塗っても必ず素敵な作品になる」といううたい文句は本当だった。ところが、夢中で塗っていたわたしに、また『迷い』が邪魔をしてきた。
「あら、また迷ってるの?」
 先生の言葉に、わたしは曖昧に頷いた。塗っていない1か所を指指す。
「台所の隅ねぇ。んー……『宿題』にしたらどうかしら?」
「しゅくだい?」
「えぇ、大きくなったら見つかるかもしれないわよ。その場所に相応しい『あなたらしい色』が」
 カッコイイ助言をもらったと思ったが、今になって思うと、先生も面倒くさくなったのだと思う。

──わたしは、35年の間『自分らしい色』を探し求めた。そして、現在に至る。

「あの塗り絵の家とそっくりの家を建てるなんて、君らしいねぇ」
 仲良しの男友だちが、わたしの長年の思いの実現を見て感心している。夢を叶えるために大金を必要としたが後悔はない。彼が家を見て回っている間、わたしは『宿題』のことを思い出して、台所に向かった。台所の隅に、白いままの部分がある。大きさは、10センチ×10センチくらい。大きくなったら見つかるかもしれないと先生は言っていたのだけど──。
「赤じゃなくて、青でもなくて、もっともっと……」
 もう40歳だというのに、未だにこのこだわりだけが私を迷わせる。何だか疲れてしまってしゃがんでいると、「大丈夫?」と彼がやってきた。わたしは、『宿題』について初めて話した。
「馬鹿みたいでしょう? まだ、迷っているんだもの」
「このままでいいんじゃない?」
 意外な言葉を返されて、わたしは驚いた。
「俺もね、本を1冊読み終わったら(次は、どの本を読もうかな?)と本棚の前で悩むよ。その迷いって、かなり幸せだよ。今の君、そういう顔をしていた。つまりね──」
  彼が言うには、幼稚園での塗り絵の時間、泣きそうなくらい『色』に迷ったけれど、まだ塗られていない世界に、クレヨン60色分以上の夢や可能性を、幼いなりに感じていたのでは? ということだった。だから、与えられたその素晴らしさに、ちょっぴり怖気づいていたということだ。わたしは、謎が解けたような気がして思わず吐息した。たぶん、彼の言う通りなのだろう。わたしは、幼い頃から臆病な少女だったことを思い出した。
「あ、おれ、なんか変なこと言ってしまったかなぁ?」
「『宿題』の答えが出たわ。ありがとう、あなたのお陰よ」
「え?」
 わたしは、真っ白なままの壁に右手を触れた。

──迷う分だけ未来への可能性が存在する。色は、塗らなくていい。塗らない方がいい。


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