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木偶乃坊之助さん

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僕とパンツと年増の女

17/10/26 コンテスト(テーマ):第146回 時空モノガタリ文学賞 【 デート 】 コメント:0件 木偶乃坊之助 閲覧数:149

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 延々と一時間も電車に揺られ、藤沢駅に着いたのは午後七時半過ぎだった。待ち合わせまではまだ時間があったけれど、その人は既に来ていて、どこか寂しげに佇んでいた。想像していたのとは随分と違って、黒髪で、縁なしのメガネをかけた大人しそうな人だった。
「真美子さんですか?」
自分でも意外なほど自然に声をかけた。彼女は少しビクッとして怯えた様子を見せながら、無言で小さく頷いた。トートバッグから彼女が包みを取り出し、僕は三千円を渡す。僅か数分のやり取りを終えて、僕はまた電車に揺られて帰路についた。カバンの中にはビニールパックに入れられた真美子さんの下着があった。

 三十五歳。いつの間にか中年になった僕は気色の悪い変態だった。ネットを徘徊中、偶然「下着売ります」という書き込みを見つけてメールを出した。別に僕は下着フェチではない。ただ、それくらい自分にとって女性が遠いものになっていたのだ。ビニールパックから下着を出してベッドの上に広げた。一緒に渡された封筒を開いて中の手紙を読んでみる。遠いところまで来てくれてありがとう、季節の変わり目だけど風邪などひかぬよう、といった月並みのことが繊細な字で書いてあった。下着を手にしたら変態性が自然と顔を出すと思っていたけれど、僕の心は妙に冷めていて、下着をそのまま洗濯機に放り込んだ。

 翌月も真美子さんに会いに行った。また下着を注文したのだ。月並みの内容の手紙は結局何度も読み返した。女性から体調を気遣われたのは初めてかも知れなかった。洗濯した下着は丁寧に畳んで箪笥にしまってある。僕のパンツの隣に彼女の下着を並べた。同棲している空想が僕の寒々しい日常を暖かなものにしていた。

「少し話しませんか」
 言われて耳を疑った。事前のシミュレーションでは挨拶して、やり取りをして、三十秒で別れる予定だった。真美子さんは返事も聞かず駅構内の喫茶店に入っていく。慌てて後を付いていった。向かい合ってよく見ると彼女はアラサーくらいで、サイトに書いてあった二十歳というのがフィクションだと分かった。妙に親近感が湧いてくる。
「これ。ご注文のものです」
彼女がバッグから包みを渡してくる。左手に指輪があるのに気づいた。
「ご結婚されているんですか」
思わず不躾な質問をしてしまった。彼女は答えずに俯き、ゆっくりと無言で水を飲んだ。
「復讐なんです」
顔を上げた彼女が零すように呟いた。意味は分からなかったが、薄っすらと微笑みながらも何か覚悟を決めたような表情を前に、詳しくは聞けなかった。きっと夫婦仲が上手くいっていないのだろうと漠然と解釈した。
「なんで私の、また買ってくれたんですか」
唐突に聞かれて答えに窮した。まさか女性から手紙をもらったのが初めてだとか、同棲の空想をしているとは恥ずかしくて答えられない。
「何か、寂しそうに見えたんです」
緊張で頭が混乱し、変なことを言ってしまった。それは下着を購入した理由ではなく、彼女を見たときの第一印象だった。すると彼女はなぜかメガネを外し、僕の顔をじっと見つめた。近視の人の、どこを見ているか分からない目だった。

「今日、時間ありますか」
 喫茶店を出ると、また彼女は返事も聞かずに僕の腕を引っ張った。そのまま彼女の後を付いていく。百五十センチくらいだろうか、随分と小さい人だ。
「どこへ行くんですか」
質問に答えてもらえないまま、辿り着いたのは藤沢市民動物園という所だった。一目散に向かったのはマントヒヒの檻の前だった。
「前からマントヒヒが見たかったんです」
無言だった彼女がやっと口を開いた。目の前では弛緩した顔つきのマントヒヒが、器用に鼻をほじっている。無言でそれを見つめる彼女が、突然ほろりと涙を落とした。僕はそれを横目で見ながら、かけるべき言葉を見つけられなかった。
「下着フェチの人って、パンツ頭から被ったりするんですか」
唐突に彼女が聞いてきた。
「いや、そういう訳では……」
「じゃあ履いてみたりするんですか」
「いや、別にそんなつもりは……」
彼女がつまらなそうに無言で下を向く。正直に答えたのだが、なぜだか心が苦しくなった。
「じゃあ何で買ったんですか?」
「……自分でも分からないんです」
二人とも無言で、長い沈黙の間があった。ベクシュッ! とマントヒヒが大きなくしゃみをした。
「帰りましょうか」と彼女が言った。
「帰りましょう」と僕が言った。彼女を先頭に無言で駅まで歩きながら、もう会うことが無い気がして胸が苦しくなってきた。
「来月もパンツ買うんでまた会えませんか」
立ち止まって彼女の背中に問いかける。振り返った彼女はまたメガネを外し、僕の顔を冷めた視線で覗き込んだ。
「考えときます」
彼女が言って、僕は不安でその場に崩れ落ちそうだった。


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