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高宮 聡さん

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時限式付録

17/10/25 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:0件 高宮 聡 閲覧数:177

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 一向に熱が下がらないまま、朝食の準備をする。昨日から急激に気温が下がり、体調を崩したのだ。風邪ではない。きっと僕は環境の変化が嫌なだけなのだ。それで駄々をこね始め「どうにかしてくれ」と必死に訴えている。頭はその訴えを却下した。空腹の方が勝っている。
 変化がない無菌室が一番安心できる居場所なんだと、入ったこともない真っ白な部屋を思い浮かべた。
 ベーコンエッグを食パンに乗せようと思ったのに、手癖でフレンチトーストを作ってしまった。しょっぱいベーコンが混ざるとこの上なく残念な気分になる。別皿に乗せてテーブルに並べることにした。
 消息不明の姉からメールが来たのは一昨日のことだった。知らないアドレスが表示された瞬間真っ先にゴミ箱に移動したのだが、後から不安になって読み返すと最後の方に「宮岸明花」と書かれていた。それから徐々に文章を遡っていくと、どうやら姉は結婚したらしい。最後に会ってから15年が経っている。うまく顔が思い出せない。
 食器を片付け、スーツを買いに出かける。だるだるのジャージ姿で外出してもなんとも思わなくなった。そんな些細なことをきっかけに自分が大人になったと実感する反面、もしかしたら堕落しすぎているのかと不安にもなる。
 紳士服店の入口に大柄の男が立っていた。こんな平和な時代に門番など必要ないだろうと、スキンヘッドの彼に心の中で問いかける。ビラを持っている。ここの店員なのは解りきったことだが、もっと似合っている就職先を紹介してやりたい気分になった。軍隊の特殊部隊に入隊すればもっと活躍できるだろうに。
「ちょっとお客さん」
 スキンヘッド男は目つきが鋭い。呼び止められただけでもびくりと身を固くしてしまう。
「な、なんでしょう? ビラは結構です。中で見て回りますから」
「お客さん……そういうことじゃないんですよ?」
 彼は何を言いたいのだろうか? 昨日の酒が残っていて、若干息がアルコール臭い以外は何もないはずだ。
 スキンヘッドの男はこちらを睨みつけたまま口を引き結んでいる。やはり僕は何かを仕出かしたのだろう。記憶が改ざんされ、無意識で誰かに迷惑をかけたのだろう。それなら仕方がない。おとなしく誠意を見せようではないか。そう覚悟を決めたと同時に、男は口を開いた。
「お客さん、何ニヤニヤ笑ってるんです? うれしいことでも……気持ち悪いっす」
 どうやら僕は自分でも気が付かないくらい、姉の結婚がうれしかったようだ。
「兄さん‼ 早く支度しないと……あと十分で出ますから‼」
 紳士服店の門番は秋條トモヤという名前だった。なぜか仲よくなって僕の部屋に居座っている。
「本当はちょっと怖いんだ。僕は姉さんの式に出席していいの?」
「俺に訊かれても困るっすよ兄さん。せっかくおすすめしたスーツ着ないともったいないのは確かですけど」
 僕より年下と判明した彼はずっと敬語を使う。全身が矛盾の恐怖にまだ慣れていない。時計を見やると、そろそろ本当に出発しないと間に合わない時間だ。でも、どうして姉は急に僕にメールをよこしたのだろう? 15年も会っていなければそのままでも……。
 トモヤが苛立ち始めた。そしておもむろに僕を担ぎ上げた。
「やめろ‼ まだ迷ってるんだから、もうちょっと考えさせ……」
「うじうじしてる姿見せられたら、無理矢理連れて行きたくなるんすよっ!」
 トモヤが運転するインプレッサは加速していく。助手席でネクタイを結ぼうとするが、右へ左へ車体が揺れて手元が狂う。
「お姉さんの結婚式に間に合わせるのが俺の仕事。兄さんは式のために仮眠でも取って下さい」
「本当にそう思うならもっとゆっくり走ってくれ」
 僕はため息と共にすべてを受け入れた。どうやら姉と会うのは必然なのだろう。
 ゆっくりと風景が流れていく。スローモーションの映像と、やっと思い出した姉の顔が混ざり合う。宮岸明花という女性は姉であり、僕を迷わせた悪魔だ。「生きることは難しい。だからもっと思い悩め」と黒い感情と共に言い放たれた彼女の言葉は、タイミングを計ったように僕の頭の中に蜘蛛の巣を張っている。
 人で賑わった結婚式場が見えてきた。海辺のチャペルの向こうに、怪しい雲と微かにフラッシュする雷が見える。こんな日に結婚式をするのか。暗い雰囲気でするより、もっと幸せムード一杯の方が良いだろうに。
 トモヤは急ブレーキを踏み、入口ギリギリで車を止めた。急いで会場に向かった。
「生きることは難しい。だからもっと思い悩め……姉さんもそう生きたのか?」
 ウェディングドレスに身を包んだ宮岸明花は僕の叫び声に気づき、振り向いた。僕の顔を見止めると、彼女の表情がゆっくりと不気味な笑顔に変わる。
「結婚の喜びより、君の彷徨い果てた顔を見れたことがうれしいよ」


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