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夏野夕暮さん

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自己借金

17/10/23 コンテスト(テーマ):第145回 時空モノガタリ文学賞 【 財布 】 コメント:0件 夏野夕暮 閲覧数:155

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 私が子供の時分は、銭湯の入浴料が十五円ほどだった。当時の百円と言えば大金で、百円紙幣さえあったというのを、今の若い人たちは知らないだろう。
 生まれはごくごく普通の中流家庭。高校を卒業してから地元の中小企業に就職し、定年退職まで勤め上げた。そんな、頭の天辺から爪先に至るまでを平凡で塗り固めたような人生だった。
 だがこんな凡庸な私にも一つだけ、誰にも言えない「超能力」がある。
 空っぽの財布に、金を呼び込む能力だ。
 と、これだけ聞くと魔法のような力のように思えるだろうが実際は違う。湯水の如く財布から金が湧き出ているのではなく「十年後の自分自身の財布」から金を前借りしているだけなのだ。けれど、それが分かってからも私は能力を行使し続けた。
 私が十歳の時の百円と、二十歳の時の百円とでは貨幣の値打ちが倍以上も違っている。これから先もきっとそういう時代が続くに違いない。そう思いこんでいた私は、安心して未来の自分の脛をかじり続けた。
 バブルが弾けて、年々上昇していたはずの物価や給与は横ばい、いや下降を始めた。「未来の自分ならばきっと支払えるだろう」と高を括って積み重ねた借金は莫大な金額となっていた。私はその借金を返すため、また十年後の自分へと借金を続けた。
 そうして、現在。
 退職金も根こそぎ「自己借金」の返却に使われてしまったが、相も変わらず未来への自分にすがることで老後を過ごしている状態だ。
 今年で七十歳になるが、不思議な事に未だ「前借り」は可能なのだ。
 十年後の自分は、まだ生きているのか? どうやって金を稼いでいるのか? そんな疑問を抱きつつも、私は老後の趣味に没頭している。今のマイブームはスイミングスクールだ。生涯の伴侶を得ることが叶わなかった反動からか、若い女性インストラクターの尻を文字通り追いかけている。これがあまりにも楽しすぎて、生きていて今が一番充実しているのではないかとさえ思えているくらいだ。
 いつか「前借り」が出来なくなったとしても、その時はその時だ。そんな、諦めとも開き直りとも言える境地に達した。
 今日も、目当てのインストラクターに泳ぎを教えてもらうふりをして臀部をおさわりする算段だったのだが、少し体調が悪いので休むことにした。
 それから三日後。
 救急車で病院に担ぎ込まれた私は、あっけなくその生涯を終えた。



 あの世、というものは本当にあったようだ。
 白装束を着た私は、列を組んで順番待ちをしている。人々の並ぶはるか向こう側には、ありとあらゆる船舶が停留していた。あの先に、噂に名高い三途の川があるのだろうか? だが、これならば「三途の海」とでも言った方がいいのではないか。それほどの大きさに見えた。
 順番待ちをしている間に、前に並んでいた見目麗しい女性から話を聞いた。なんでも、生前の貯蓄によって「三途の川」を渡る際の待遇が変わるらしい。
 ついに私の順番が近づいてきた。三つ前で並んでいた老紳士は資産家でのようで、クイーンエリザベス号もかくやといった豪華客船に乗り込んでいった。私と話していた美女は普通の渡し船に乗っていたが、ここまで露骨に待遇が変わってくるのか。
 では、私は? 未来の自分に借金を続けた私は……。
 恐る恐る、橋渡し役の老婆に話を聞いた。
「なんだい、あんた一文無しかい? 死んだら神様からお餞別としてそれなりの金を持たされるはずなんだがねえ。それさえも使っちまうなんて、呆れ果てるよ」
 未来の自分に前借りしたツケを、死後に支払わされるなんて……。
 私は意を決して衣服を脱いだ。
「話が早いね。金の無いやつは服を金子に変えるんだよ。素っ裸になれば、イカダくらいは用意してやるさ」
 けれど、老婆に服を渡すよりも早く、私は三途の川へと飛び込んだ。
 今こそ、スイミングスクールの成果を試す時だ!
 あの目の前にいた美女の尻目掛けて泳いでいけば、あの世など遠くて近いに決まっている!
 かつてないほどの情熱が、私の身体を突き動かした。
 
 後に、三途の川を自力で渡りきった男としてあの世に銘を刻まれることになろうとは……。 


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