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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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噛みつく財布

17/10/23 コンテスト(テーマ):第145回 時空モノガタリ文学賞 【 財布 】 コメント:3件 そらの珊瑚 閲覧数:107

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 会社の近所に出来たばかりのカレー屋さんでランチを食べた。同じ会社のリカ先輩と一緒だった。
「美味しかったね」
「はい、500円でサラダとコーヒーがついてて、安いですよね」
「じゃーん。これあるから半額になるわよ」
 リカ先輩が財布から取り出したのはこの店の半額チケットだった。
「わあ、私もいいんですか? ありがとうございます。あれ? 先輩、お財布変えました?」
 リカ先輩が持っていたのは、確か有名ブランドのロゴの入った財布だったはずだ。今、先輩が手にしているのは、何の飾りもない黒い長財布。まだ日本には未入荷のブランドだろうか。とにかくリカ先輩はブランドに目がないのだ。
「ああ、わかっちゃった? この財布、この間買ったばかりなの。知らない? 浪費防止財布。見た目は普通だけど、すごい機能がついてるの」
「えっどんな機能なんですか?」
「例えばデパートで、このブラウス可愛いなあって手にとるでしょ。で、値札を見る。一万二千円ってあるとするじゃない。ちょっと高いかな。でもお給料出たばかりだし、いいかってレジに持ってって、財布を開こうとするじゃない。すると、噛みつくのよ、財布が私の手に」
「財布が噛みつく?」
「そう、痛いの、とっても。いててて……ってなって、痛くて財布を開けられなくなるの。まあ、財布に歯があるっていうわけじゃなく、実際には、電流が起きて軽く感電するから、痛いってなるんだけどね」
「なんだか怖いですね」
「でもね、スーパーマーケットで大根なんか買う時には電流は起きないの。つまり、高いものを買う時だけ、電流が起きる仕組みらしいの」
「でもどうやって財布は、高いとか安いとか、その違いを判断出来るんですか?」
「人間のね、買い物欲って、高いものを買う時ほど、脳内にドーパミンが出るんだって。それを察知するセンサーがこの財布には付いてるっていう仕組み」
「なんだか高そうな財布ですね」
「五万円したけど、それで浪費がなくせるなら安いものでしょ」
「そんなもの、ですかね」
 正直、財布に五万円ということ自体が浪費じゃないかと思いつつ、半額券をもらったことだし、黙っておいた。
「そういえばリカ先輩、ネイルしてませんよね、珍しくないですか?」
「ネイルサロンもね、ちょっと怖くて。だって一回、八千円よ」
「完全に財布、噛みつきますね、それも」
「でしょう。美容院もね、もう一か月も行ってないのよ」
「大丈夫ですよ、リカ先輩は私たち会社の受け付けの中でもダントツに綺麗なんですから」
「ほんと? 嬉しいなあ。じゃあ、今度すっぴんで会社行っちゃおうかな。ふふふ……」
 
 冗談かと思いきや、翌日リカ先輩はすっぴんで会社に現れた。
 ちびちび使っていた口紅がちょうどなくなってしまい、それを機に化粧することを止めてみようと思ったんだとか。
「今まで高い化粧品使ってたけど、化粧しなければその分節約になるわ」
 リカ先輩は私よりみっつ上の二十八歳。もちろん綺麗だけど、素顔で受け付けに立つのは、仕事上、どうなんだろう。受付は会社の顔であり、身だしなみを整えるように、上司からも言われているはずだけど。

 私の心配は当たり、それからしばらくして、リカ先輩は倉庫係に配置換えになった。

 ある日、会社帰りに寄ったスーパーマーケットで、偶然リカ先輩に会った。さぞ気落ちしているかと思いきや、全然そんなことはなかった。もちろん口紅もマスカラも塗ってはいない、すっぴんだ。髪の毛も黒いゴムで後にひとくくりにしただけのそっけないかんじで、おしゃれだったリカ先輩の面影はどこにもなかった。心なしか、艶やかだった肌もくすんで見える。それでも表情は生き生きと満ち足りている感じがした。
「私ね、買い物という欲望から解放された気分なの。あの財布のおかげかな。浪費を止めた分、今は貯金通帳を見るのが楽しくてしかたないの。数字がね、どんどん増えてゆくのはとっても楽しいわよ」
 リカ先輩は本当に楽しそうに笑った。
 人間の欲望には限りがないということなんだろうか。リカ先輩は今、貯蓄という欲望の塊に見える。
 リカ先輩の買い物かごの中にはもやししか入っていなかった。
「先輩、まさか今夜のおかずはもやしだけってことはないですよね?」
「もやし炒め、案外美味しいのよ。何より安いし、ヘルシーだしね」
「ちゃんと食べてくださいよ。そんなんじゃ、身体壊しちゃいますよ」
「はいはい。わかったわよ。じゃあ、今夜は奮発してお惣菜でも買っていこうかしら」
 売れ残りの惣菜が半額になるまであと三十分待つというリカ先輩と、そこで私は別れた。
 リカ先輩の脳内ドーパミンは今、絶好調に出ていると思われる。
 どうか今夜だけ、先輩のささやかな浪費を見逃してほしい。私はあの噛みつく財布を思い浮かべ、祈るのだった。

 


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このストーリーに関するコメント

17/11/03 待井小雨

拝読させていただきました。
節約・節制は良いことですが、それが行きすぎると狂気のようなものを感じてしまいます。のめりこんで行きすぎてしまうその始まりを垣間見てしまったような気がします

17/11/06 そらの珊瑚

待井小雨さん、ありがとうございます。

節約は、よいことだという大義名分がある分、人によっては暴走しやすいのかもしれませんね。
(これで大金貯めちゃったとしたらそれはそれで羨ましいですが、笑)
でもまあ、なにごともほどほどがいいのかもしれません。

17/11/07 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

いや〜ここまで節約させるとは、怖ろしい財布ですね。
ただ、節約もいき過ぎたら栄養失調になりそうだし、医者にかかるのが浪費だと判断されたら、リカ先輩は死んでしまう。
節約でお金がどんどん貯まっても、人間として何か大事なものを失っていきそうだ。

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