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向本果乃子さん

目をとめて読んでいただき嬉しいです。読者としても、自分には書けないジャンル、アイデア、文体がたくさんあって、楽しみながらも勉強させて頂いてます。運営、選考に携わる皆さんにはこのような場を設けて頂き感謝しています。講評はいつも励みになります。読んだ後、読む前にはなかった感情が生まれたり、世界が少し違って見えたり、自分が実はずっと心に持っていた何かに気づかされたり、登場人物のその後を考えてしまったり…そんな小説を書けるようになりたいです。

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揺らぎ

17/10/23 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:2件 向本果乃子 閲覧数:363

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部屋にはベッドと小さなテーブル。収納に入るだけの服や靴。僅かな化粧品。一人暮らしを始めて七年ずっとここで暮らしている。真生は先月二十九才になった。

朝九時に家から徒歩十分の古本屋に出勤する。高齢のオーナーは体調が悪く最近店に来ない。埃臭い店を開け掃除し仕入れた本を並べたらたまの接客以外は読書の時間になる。

その日、閉店直前に入って来た女性が「オーナーの孫の遥です。ご飯食べない?」と笑顔で誘った。断る前に「オーナーの仕事を引き継ぐことになったから仲良くなりたいの」と軽やかに告げられて、仕事を失いたくない真生は頷いた。

「ビールでいい?」
「ウーロン茶を」
「飲めないの?」
「飲んだことないのでわかりません」
「じゃあちょっと飲んでみたら?」
「酔っ払いたくないんです」
「どうして?」
「自分をコントロールできなくなるのは嫌なんです」
「ずっと自己管理してるのも疲れない?」

遥はビールを飲みながら自分のこと―三十五才、離婚直後、実家に戻ったら祖父の体調が悪いと言うので代わりに働くことになった旨―を話した。
「真生ちゃん結婚は?」
遥がさらりと聞く。
「つきあったこともありません」
生真面目に答える真生に遥は目を見開きながらもビールを飲む。
「寂しくない?」
「別に。男女問わず誰かと関わって感情を乱されるのが嫌なので」
遥は自分がその誰かであるとは考えない。
「私は寂しい。結婚したらもう寂しい思いしないですむと思ったのにうまくいかなくて、子供も作れなかった」
「でも今一人で普通に生きてますよね」
「彼はいるの。ずっと相談相手だった人。なんか喧嘩ばかりだけど寂しいよりはマシかな。真生ちゃんはどうして一人で平気?」
「父の浮気で大騒ぎしては元の鞘に収まるのを繰り返す家で、感情的に取り乱す親をずっと見てきたので…そういう醜悪な人間になるくらいなら一人の方がマシです」
遥は赤い顔で頷きながら酒を飲み続けている。
「私の親は早くに離婚したから祖父の家で母と暮らしたの。母は仕事だし祖母は亡くなってたから放課後はあの古本屋によくいたけど、おじいちゃん無口だし寂しかった。私がこの世にいてもいなくても何にも変わらない気がした。早く自分の家族を作りたかったし、たくさんの人に必要とされたかった。だから、真生ちゃんとも絆を深めたい」
仲良くとか絆とか真生には縁のない言葉だ。惑いはない。寂しくなんかない。むしろ平和だ。求めるのは、感情的になって愚かな自分をさらすことでも誰かを傷つけることでもなく、それでも愛してくれる誰かを探すことでもない。潔く生きて、きれいに消えることだけだ。
「誰かといることで余計に傷ついて孤独になってるように見えますけど」
真生の言葉に遥は涙目になる。
「余計なことを言いました。だから人と関わるの嫌なんです」
「いいの、真生ちゃんの言うとおり。真生ちゃんは格好いいね。私は三十五で夫も子供もいないのが怖くて不安で。でも今の彼はつきあったばかりでそういうの重たいだろうし、どうしていいかわかんなくて自分が嫌になる」
一体どうしてほしいのだろう。慰めてほしいのか。励ましてほしいのか。否定してほしいのか。それが一体何になるのか。真生はただ困惑する。お酒なんて飲むから感情的になり、涙もろくなり、余計なことをべらべら喋るのだ。酔っ払って愚痴や弱みを曝け出す醜悪な女。男に依存して振り回される愚かで感情的でカワイイ女。遥を見ていると母を思い出す。結局離婚せず、最近は年のせいか浮気もしなくなった父と存外穏やかに暮らしている母。

私は絶対に揺るがない。

これで生きてきた。今さら心開いて誰かと関わることなんてない。自立できない感情剥き出しの酔っ払い女となんて尚更だ。私はこれからも一人で潔く生きていく。

「あ、急に歌いたくなってきた!よし、カラオケ行こう〜」
泣いていたはずの遥が突然そう言ってすっくと立ち上がる。
「行きません」
「私おひとりさまとか絶対無理」
「知りません」
「行こうよ〜楽しいし気持ちいいよ」
遥はさっさと会計を済ませると真生の腕を取りふらふら歩き出した。
「帰ります」
「私、西野カナ歌うね。あと中島みゆき」
「知りません」
「え、中島みゆき知らないの?年の差感じる〜」
「そうじゃなくて」
「あ、この店にしよ」
真生は拒絶の言葉を繰り返しながら腕を振りほどくこともせず付いて行く。

初めて入るカラオケのソファに座り、歌う遥をぼんやり見ている。

私は決して揺らがない

真生の肩に遥が頭を乗せてくる。

♪ファイト!闘う君の唄を闘わない奴等が笑うだろう♪

上手とは言えない歌声を耳に、肩に乗る体温はずっしり重くて温かい。

突然じわっとしたものが目と鼻の奥に沸き上がって驚き、戸惑い、真生は心の中で何度も繰り返す。

私は、揺らがない


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このストーリーに関するコメント

17/10/25 有屋春

迷いのコンテストに揺らがない話を書いてるのが面白いなと思いました。そして少し揺らぎそうになる主人公もラストで人間味が出ていいなと思いました。

17/10/28 向本果乃子

有屋春様

丁寧に読んでくださり、ありがとうございます。コメントまで頂けてとても嬉しいです。
頂いた言葉を励みにこれからも書いてみたいと思います。
ありがとうございました!

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