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夢か現実か

17/10/23 コンテスト(テーマ):第145回 時空モノガタリ文学賞 【 財布 】 コメント:0件 いちこ 閲覧数:106

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もう時効かなと思うので、僕が犯罪に手を貸してしまった時の話をしようと思う。
言っておくが、僕は善良な市民であり、犯罪行為に関わったのはこの時だけだ。
だから野蛮な不良の犯罪自慢だと思わず、どうか、ほんの思い出話として聞いてほしい。

当時の僕は大学生で、アルバイトに精を出していた。
どうしても留学したくて、費用を貯めなければならなかったのだ。
だから深夜の割り増し賃金になる夜間に、ファミレスのホールで走り回っていた。
ある時、勤務時間が終わって帰ろうと店を出ると、最後のお客さんが外で待っていた。
その人はどこにでもいるような、爽やかなサラリーマン風の男性で、僕に「君」と声をかけてきた。
「僕ですか?」
僕が不審に思いながら返事をすると、男性は笑った。
「これじゃ不審者かな。いや、君が随分まじめに働いてるなと思ったんだ。こんな時間まで大変だろう?」
「目標があるので」
「そうなのか。偉いな。でもこの時給じゃなかなか貯まらないんじゃないかい?」
「そうですね。まあ地道にやってます」
きっと誰かと話したい気分なのだろう。そう思って少し警戒を解いたところで、男性は財布から小さな紙片を取り出して僕に差し出してきた。
数歩男性に近寄り受け取ると、それは堅くて丈夫な紙だった。
「うちのレストランの招待券だよ」
「え?」
「実はアルバイトを探していてね。時給ははずむよ。良かったら一回見においで」
今考えればすぐに分かる。怪しい。
だが、時給に目の眩んだ僕は次の日にはそのレストランに足を運んでしまうのだ。

そのレストランは盛況だった。
まず入り口で食券を買う。僕は招待券が食券の代わりだった。
その後、執事風の男性に荷物を預け、席に案内してもらう。
執事風と言っても、アニメであるような「おかえりなさいませ」と演じているような動作をするのではなく、本物のイメージの、丁寧で恭しい様子だった。
お店の人は皆執事風で、接客の丁寧さに非日常やお金持ちになったような錯覚を感じた。
食事を終えると、僕は別室に招かれた。
「来てくれたんだね」
その声で、前夜話した相手だと分かった。
明るい場所で見ると、爽やかなサラリーマン風どころか、品のある良家の人に見えた。
その人はそのレストランのコンセプトを説明してくれた。
料理は高価なものではなく、ファミレス程度の金額で食事ができる。反して、接客は最上級のものを提供する。それによって、料理もおいしく特別感も感じられ、クチコミで爆発的に人気が出るのだそうだ。加えて、この店舗では1ヶ月しか営業しないそうで、余計に夢中になって通ってくれるのだという。
今は開店2週目で、抜けてしまった穴を埋める人を探していたそうだ。
3週間しかないが構わなければ働いてほしいと頼まれ、僕はすぐに承知した。
その店を気に入ってしまっていたし、何より時給が魅力的だったのだ。

次の日から、僕は立派な執事然として、レストランのホールを歩き回った。
礼儀正しい所作、柔らかい言葉遣いを演じるのは思いの外楽しく、自分に向いていると感じた。
だからそこに連れてきてくれた男性に感謝し、尊敬もするようになっていた。
とても充実した毎日だった。

レストランの最後の週、僕は目を覚ますことになる。
帰るお客さんに荷物を返す係が不在で、僕が保管部屋まで取りに行くことになったのだ。
部屋に行くと、従業員の一人が財布を開けていた。そして、近くのバッグに戻したのだ。
「何をしているのですか」
2週間で染み付いた言い方で、掠れた声が口から漏れた。
その人は驚いた様子で僕を見つめて、一瞬の間の後に笑いだした。
「君、バイトの子か。聞いてなかったんだな」
何のことか分からず立ち尽くしている僕に、その人はこんな話をした。

このレストランは盗みを目的としている。安い料理で客を寄せて、預かった荷物から金を抜く。高級そうな接客は、荷物を自然に預かるためと、満足感を与えて疑わせないため。1ヶ月しか営業しないのも、万一にもこの事が知られてはならないからで、各地を転々とするのだ。

「こういうさ、レシートがぎゅうぎゅうに詰まってる財布が狙いなんだぜ。こまめに管理してないのが丸分かりだし、金が見えにくくても気にしないってことだしな」
はち切れそうに太った財布を振っている笑顔は、もう今では夢だったように思える。
もしかしたら夢だったのかもしれない。
事実は、僕は大学時代の大部分をアルバイトに費やし留学を果たした、それだけである。

おじさんのたわごとになってしまって申し訳ない。
これが、僕の人生で唯一の悪事、そして夢と現の狭間に追いやられた思い出である。


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