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宮下 倖さん

宮下 倖です。 楽しくたくさん書いていきたいです。

性別 女性
将来の夢 誰かの心にひとつでも響く言葉が紡げたら幸せです。
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夢枕ブラザー

17/10/23 コンテスト(テーマ):第145回 時空モノガタリ文学賞 【 財布 】 コメント:0件 宮下 倖 閲覧数:169

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 四十九日を過ぎたころ、兄が私の夢枕に立った。
 両親を早くに亡くし、歳のはなれた兄と手に手を取りあって生きてきたのに勝手に事故に遭うとは何事だと、文句のひとつも言いたかったところなので好都合である。
 私がひとしきり愚痴を並べるのを神妙に聞いていた兄だったが、話が一段落したと見るやぱっと顔を上げ大げさに身振りをつけながら口をぱくぱく動かした。
 夢の中では声が出ないのか、それとも私に聞こえないだけなのか。
 一生懸命なにかを伝えようとしてくる兄の口元をじっと見る。
「ま、い、うー?」
 唇の動きでそう読み取れて、私は首をかしげた。あの世のごはんはそんなに美味しいのだろうか。
 私が口に出して確認すると兄は思いきり首を横に振り、そしてさっきより大きく口を開け言葉をひとつずつ切った。
 続く身振りが、鞄の中から何かを取り出しお金を支払う動作だとわかったとき私は思わず「さいふ!」と叫んだ。
 兄がぽんと手を打ち嬉しそうにうなずく。
 けれど、財布がどうしたのだろう。
 三途の川の渡し賃でも入れたいのだろうか。
「わかった。財布ね」
 本当はよくわかっていないが、とりあえずそう言ってうなずくと兄は嬉しそうに笑った。
 目尻にくしゃくしゃに皺が寄る兄の笑顔を見て「ああ、お兄ちゃんだ」と思ったとき、意識がすーっと上に引っぱり上げられる感覚がして私は夢から覚めた。

 幸い、目覚めてからも夢のことはちゃんとおぼえていた。
 さっそく仕事帰りに兄の好きなブランドの小銭入れを買う。ブランドといっても二十代が気張らず買える価格のものが多く、メンズもレディースも展開しているので私も好きな店である。
 そういえば、ここで気に入った長財布があったのだけれど、店舗を二周しても見つけることができなかった。もう売れてしまったのだろう。バッグや小物のデザインもひとつ季節が進んでいる。
 どんなに大事でも、変わらないものなんて、この世にはたぶんないのだ。
 前は兄と一緒に来ることもあったこの店に、今は私ひとりで来ているように。
 大きな仕事を成し遂げた後のようなすっきりした気もちで、私は仏壇に小銭入れを供えた。これで満足顔の兄が夢に出てきてくれたなら完璧だなと思いながら早めに就寝する。
 その夜の夢にちゃんと兄は出てきた。出てきたはいいが仏頂面だった。
「えー。違うの?」
 口を尖らせる私に、兄は鼻の頭を掻きながら手のひらを見せた。そこには今日買った小銭入れが載っている。
 それをおもむろにポケットに入れ、兄は「ありがとう」と口を動かした。とりあえずあれはあれで気に入ったらしい。
 けれど、私に伝えたかった財布のこととは違うようだ。財布が欲しいのでなければなんなのだろう。
 兄は「財布」という口の動きにジェスチャーを入れ、最後に「さがせ」と何度か繰り返した。そうしてまたきゅっと目尻に皺を寄せた。

 翌朝、私はすこし重い気分で起き上がった。
 財布を探せ。
 兄の言いたいことはわかった。でも気が進まない。
 兄は自転車での通勤途中、よそ見運転の乗用車にはねられた。路上に散らばった兄の荷物は警察の人が回収してくれ私の手元に戻ってきていたけれど、どうしても見る気になれなくてバッグごとしまい込んだままだ。
 いつも持ち歩いていたものには兄の気配が強く残っていて辛かったのだ。
 でも、財布を探せという。
 私はのろのろと押入れからバッグを出した。あちこちに泥がついたままだ。わざとゆっくりとファスナーを開け、これまた時間をかけて財布を取り出した。
 私たちが好きなあのブランドの二つ折りの財布だ。中を見ると、数枚の紙幣、多めの小銭、キャッシュカードにポイントカード、そしてレシートが一枚入っていた。
「あっ」
 声が出たのはそのレシートがあのブランドショップのものだったからだ。
 レディース長財布、ラッピング代の印字にはっとする。
 慌ててバッグを探ると、すこし汚れていたが包装された長細い箱が出てきた。震える手でリボンを解き箱を開ける。
 Happy Birthdayのカードと一緒に現れたのは、私が気に入っていたあの財布だった。
 兄が事故に遭った翌週は私の誕生日だったが、そんなことすっかり忘れていた。
 自分でも止められないくらいぼろぼろと涙が溢れてくる。
 兄の財布を探せではなく、プレゼントに気づけと言いたかったのだろう。
 もっとわかりやすく伝えてよと思いながら泣き笑いになる。
 私がこれから生きてゆくこの世界では、変わっていくもののほうが圧倒的に多い。
 けれど、私が兄の妹であること、それを支えに思うこと、兄が大好きなこと。
 それは、絶対に一生変わらない私の誇りである。
 ひどく照れて顔をくしゃくしゃにして笑う兄の顔が見えた気がした。


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