クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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17/10/23 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:0件 クナリ 閲覧数:693

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 中学校から下校中の本郷ユウトを後ろから追いかけてきたのは、幼馴染みの足音だった。
 聞き慣れすぎてしまっていて、振り向くまでもない。前を向いたまま、ユウトは言う。
「転ぶぞ、カナミ」
「ユウトが何も言わずに帰るからでしょ」
 息を切らした相模カナミの、頭ひとつ分小さい体がユウトの横に並ぶ。
「私今日、行きたいところがあるの」
「俺はないな」
「ついてきてよう、ただの買い物だから」
「通学路以外へあまり出歩くなよ。最近は野犬や、保護名目で輸入した狼の野生化したのが町中にもいるんだから」
 暗灰色の空の下を見回せば、周りにあるのは朽ちかけた空き家ばかりだった。いくつかは野犬の巣になっている。
 急速な人工減少は、もはや国際的な社会問題として定着してしまっている。
 治安も悪化する一方だった。
 カナミは、ユウトがいなければどこにも行けない。
 ユウトは、カナミがいなければどこにも行く気がない。

 翌日、昼休みの教室はいつも通り、いくつかのグループに別れて配給食を摂る生徒達で賑わっていた。
「ねねねカナミさ、ユウト君とめちゃくちゃ仲いいよね」
「まあ、幼馴染みだから」
「えーでもユウト君も、カナミちゃんにだけは優しいじゃん」
「だよねー」
 何人かの声が、カナミを冷やかす。
 特に仲のいい友人のシノが、声を潜めてささやいてきた。
「ねねねやっぱさ、もうユウト君と交体しちゃったの」
「……してないよ。そもそも付き合ってないし」
 シノが嬌声をあげる。特に意味はないが。
「そんなこと言ってていいの? 空気汚濁で大人は皆病気、町には獣ばっかりで警察も後手後手の世の中で」
「うちらホント、いつ死ぬか分かんないもんね。先週も内田先輩が、野良狼に噛み殺されたじゃん」
「ぐずぐずしてたら、絶対手遅れになるからね」

 次の日の朝のHRで、担任が、シノが野犬に噛まれて死んだことを発表した。こっそり繁華街に出たところを暴漢に襲われ、逃げ込んだ路地裏でやられたらしい。
 教室中が沈痛な面持ちを見せたが、その多くが泣いてはいない。
 泣くのにも、疲れたり、慣れたりすることがあるのだと、今では誰もが知っている。
 カナミはそっと横を見た。
 隣の席のユウトが、カナミと同じように、涙を一筋流していた。

 放課後、カナミはユウトの部屋に上がっていた。
 椅子がないので、二人でベッドに腰かけている。
「あんまり無防備に来るなよな……」
「ごめん。でも……今日、ユウト泣いてたね」
「悲しかったからな」
「ユウトのそういうところは好き。本当に」
 ユウトが目を丸くした。しかし、すぐに肩を落とす。
「それで?」
 カナミはしばらく黙った。
 それからようやく、震える唇を開く。
「告白してもらったのも、凄く嬉しかった。私も、付き合うならユウトしかいないってずっと思ってたから」
「ああ」
「なのに、ごめん。どうしても、ユウトが私を好きなようには、ユウトを好きになれないの。私、無情病だったのよ。まさか自分がかかってるなんて。ごめんなさい。こんな筈じゃなかったのに。ごめん……」
 ユウトはつい、カナミの肩を引き寄せた。
「無情病は、現代病だ。誰に謝ることじゃ……っと、悪い」
「平気よ。ユウトに触れられても全然嫌じゃない。でも、どうしてもキスができないの。交体も、絶対に無理。クラスの皆に『まだ?』って聞かれる度に辛くなるの。まだどころか死ぬまでできないから。私、生き物として……」
 ユウトが、指先をカナミの顎に置く。唇には触れないように、細心の注意を払った。
「いいんだよ」
「こんなに、好きなのに……」
 それ以上喋れなくなったカナミは、ユウトの胸に顔をうずめた。
「……できればだけどな、離れた方がいいぞ」
「え?」
「俺は今、このまま押し倒したらコトがいい方に転ぶだろうかって考えてる」
 カナミは半眼でユウトを睨んだ。
「ユウトが、下半身で夢見るタイプだとは思わなかった」
「おかしいだろう。お前の方が、ずっと正常だよ」
「子供も作れないのに?」
 その最大公約数としての答は、今はまだ、この世にはない。
「お前の傍に、俺はいていいのかな」
「傍にいてほしい。本当だよ」
「それはよかった。意思は一致した」
 ベッドに仰向けになったユウトがカナミを引き寄せ、自分の体の上に乗せた。
「嫌か?」
「ううん」
「カナミ。補足や注意はいらないし、誤解もしない。だから」
 ユウトの胸板にうずめた口から、少ししてから、ささやくような声が響く。
「うん。私も好きだよ」
 少しずつ体を丸めながら、カナミは続けた。
「好き。本当に好き。大好き……」
 やがて、涙声が混じった。

 窓から覗く灰色の空は、未来の色をしていない。
 それでも少年の腕は、目の前の儚い体を、包むように抱き締める。


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