井川林檎さん

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質問

17/10/23 コンテスト(テーマ):第147回 時空モノガタリ文学賞 【 迷い 】 コメント:0件 井川林檎 閲覧数:320

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 一体、こんなことをどれだけ繰り返してきたのか。
 確かなのは、まだ先が長い事だ。
 この道は単調に見えて、奇妙に凸凹しており、気を抜いていたら転んでしまう。

 (万が一転んだら)
 もう何回目になるかわからない「転倒未遂」の後で、わたしは足下にある、べとべとした汚い、いやな水たまりを睨みつける。
 腐臭が漂う水たまりは、むろん「水」たまりではない。
 変なもの、触るのも悍ましいなにかが溜まっている。その証拠に形容しがたい色をしているのだった。

 迷いの道は延々と続いている。
 周囲は奇妙な靄に包まれており、背後を振り向いても、さっき通過した分かれ道がもう見えない。
 もうまもなく次の分かれ道が見えてきているのだが、それも恐らく、お決まりの質問に答えて道を選択した直後、また靄に埋もれて見えなくなるのだろう。

 引き返せない。

 わたしは荷物をしょいなおす。
 重くてまとまらない中身は邪魔臭く、時々、ナップザックごと道に捨ててやりたくなるのだった。
 その度に(待て)と自制をかけ、歯を食いしばる。
 
 全く、始末の悪い、わたしの荷物。
 そら、すぐ目前に二股にわかれた分岐点が見えている。さっき通過した分かれ道に立っていたのと瓜二つの女が棒のように立ち、陰鬱なまなざしでわたしを捉えていた。

 「馬鹿なんですか」

 暗い声で女は質問した。
 眼鏡だ。目は薄気味悪く澄んでおり、鼻から下はマスクをかけている。
 この女は質問係だ。
 さっきの分岐点では「助平なんですか」と聞かれたのだった。

 馬鹿なんですか、と聞かれたので、馬鹿ですと答えた。
 すると、女は次の質問に移った。これも全く同じ流れである。

 「どれくらい馬鹿ですか」

 わたしは、山よりも高く海よりも深い馬鹿だと答えてやった。
 女は体をずらすと、左側の道を指さした。
 「ではこちらですね。こちらが大馬鹿野郎が通る道になります」

 道中お気をつけてと女は言った。
 先をずんずん行く。
 靄は相変わらず深く、後ろも前もよく分からないのだった。

 (一体、どれくらいの質問が用意されているのか)
 わたしは歩きながら思う。
 よくまあ、こんな質問を考え付き、迷路のような道まで用意できるなと、心底呆れている。
 呆れている相手が誰なのか、分からないのが難点だ。


 「ぶさいくなんですか」
 「どれくらいぶさいくですか」

 「僻みっぽいですか」
 「どれくらい僻みっぽいですか」

 「けちですか」
 「どれくらいけちですか」

 「冷酷ですか」
 「どれくらい冷酷ですか」
 ……。


 ……。


 (最初の質問の回答を間違えてからというもの、変なことになった)

 では、一番最初の分岐点ではどんな質問をされたのか。
 わたしはまるで覚えていないのだった。

 ただ、こんな気分の悪いものではなくて、もっと違う質問だったと思う。
 景色も、こんな靄で覆われたものではなくて、青空に薄い雲が羽根のように伸びた……。


 がたがたと背中の荷物が揺れる。
 ああ、うるさいな面倒くさいなと、救いようがない程の苛立ちに囚われる。
 「くそったれ」
 ナップザックを地面に投げ捨てて、中のものが割れて四方に飛び散る様を思い浮かべると、さぞ溜飲が下がるだろうと思う。

 ……だがその一瞬後、そんなことを想像してしまった自分自身への嫌悪が沸き上がる。
 
 嫌悪と、恐怖。
 荷物を打ち捨てて破壊しかねない自分自身への、恐怖。
 

 荷物はまた重たくなっている。
 一つ質問に答えて道を選んだら、荷物は少しずつ重くなっている。
 そうら、また次の分岐点だ。眼鏡とマスクの陰気な女がこっちを見ている。

 重い。

 背中の荷物を揺らしながら進んだ。
 靄の向こうに立っていた女がどんどん近くなり、やがて至近距離で目を合わす。
 女は、例の暗い声で質問をする。

 「大事なんですか」
 
 なにが、と聞き返す必要はない。
 確信を持ち、わたしは頷いた。ああそうだ大事だよ、大事なものだ、絶対に大事だ。

 「どれくらい大事ですか」

 考えるほどのこともない。わたしは答える。
 「一生とひきかえにするほど」

 そうですか、ではこちらに。
 女は二つにわかれている道の一方を指さし、わたしを導く。わたしはその通りに歩く。

 歩き続ける。

 

 大事だとも。
 
 ナップザックの中身は揺れ続け、また重たくなった。

 「おなかすいた」
 と、ナップサックの中身が無心な声で呟き、わたしは靄の中を見回した。
 石ころや臭い水たまりしかない道。
 ポケットの中。
 ひたすら探す。

 なにかないか。
 なにか落ちていないか。

 そしてまた、次の分岐点が見えてくる。


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