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待井小雨さん

待井久仁子というペンネームで「小説&まんが投稿屋」というサイトで、童話やホラーやよくわからない物語を投稿しています。 ご興味を持っていただけたら、よろしくお願い致します。

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財布の中に秘めたもの

17/10/22 コンテスト(テーマ):第145回 時空モノガタリ文学賞 【 財布 】 コメント:2件 待井小雨 閲覧数:169

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 雨の降る背景に紗里の横顔が映え、私はつい見入ってしまう。写真に収めておきたくなるほどに、紗里は特別で美しい存在だった。
「なに?」
 私の視線に気が付き、紗里が振り返る。私は咄嗟に視線を外して天を仰いだ。
「雨、止まないなあと思って。傘忘れてきちゃったんだよね」
 学校の昇降口は湿気に満ちている。
「天気予報で言っていたのに。コンビニまで相合傘してあげるわ」
 紗里は私を隣に招き入れてくれた。
 雨に囲まれ、傘の中は小さな密室のよう。二人きりの傘の外の世界は雨。なんて幸せな空間だろうと、私は心の内で噛みしめていた。
 永遠に続け、と願った時間はあっけなく終わり、無粋なコンビニの明かりの元で買い物をする。ふと、隣のレジで会計をする紗里の、財布を見つめる瞳が気になった。
「お財布の中に何か入れてるの?」
 買ったばかりの傘を差して先程より少し距離の空いてしまった隣を歩く。思い返してみれば、さっきだけでなく他の時でも、紗里は綺麗な藍色の財布を開くと決まって中に入っている何かを見つめていた。
 紗里は不意を突かれたような顔をして、けれどすぐにこれね、と微笑んだ。
「お守りを入れているのよ」
「お守り?」
「そうよ。お財布の中にお守り。おかしい事なんて無いでしょう?」
 母の財布を思い出す。金運が良くなるという黄色の財布に蛙のお守りなどを入れていた。
「紗里が金運とか気にするなんて」
「金運じゃないわ。元気が出るお守りよ。それを見ればどんな時だって元気になれる、そういうお守り。見せてあげないけれど」
 見たいな、と言う前に断られてしまった。
 何が入っているのだろう――何が紗里の心を支えているのだろう――とそのお守りを羨ましく思ってしまう。
「ふふ。真由、変な顔」
 紗里が手を伸ばして私の頬をつまんだ。
「ね、私チョコを買ったのよ。真由も食べるでしょう?」
 ぱきり、と板チョコを無造作に割って寄越す。
「他にも分けやすいチョコあるのに」と思わず笑う。
 近寄りがたい雰囲気で誰からも一目置かれる存在なのに、紗里は私と一緒にいる時は幼げなところも見せてくれる。それを嬉しく思っていた。
 雨のカーテンの中にカカオの甘い香りの息が、紗里と私の傘の間に白く漂った。

 紗里は演劇部に入っていた。今練習している舞台の台本は好きではないの、と放課後の教室でぼやいてきた。
「好きな人とお別れしなくてはいけなくてね、悲しさを堪えて相手を見送るラストなの」
「それって何が駄目なの?」
 深く考えずに疑問を投げかけると、「私は無理だわ」と紗里は言った。
「大好きな人と別れなくてはいけないなんてことになったら、私はきっとどうしようもなく取り乱すわ」
「紗里が?」
 およそ感情の激流とは無縁そうに思えるのに。
「あられもないほどに取り乱すわ。大泣きして、見られたものじゃない顔になってしまう」
「えええーっ。嘘でしょう」
 くすくすと笑うと、その頬を紗里が掴んで引っ張った。いたた、と声が出る。
「嘘じゃないわ。だからそんな顔を見せたくないから、取り乱す自分なんて知ってほしくないから、きっとお別れを言いに行けないの。その人の知っている一番綺麗な自分を強く憶えていてほしいから、泣き顔なんて見せられないわ」
「さよならは言わないの?」
 紗里の顔を下から覗き込み、そう問う。
「……ええ、何も言わずにお別れするの。だって悲しみなんて、どうしたって絶対にこらえきれずに溢れてしまうもの」
 そんな風に台本にケチをつけていたのにさすが紗里の演技は冴えわたっており、文化祭では拍手喝采の舞台となったのだった。

 ある日学校に行くと机の中に何か包みが入っていた。不思議に思いながら包みを解く。
「これ、紗里の……?」
 その藍色の財布は紗里がいつも使っていたものだった。中身は空? ――と思った時、小さなポケット部分に紙片が入っているのに気付いた。
 紙片を開き、え――と息を飲む。
 予感を抱いたままに迎えたホームルームで、担任はやはり私が予想した通りの言葉を告げた。
 その日紗里が登校することはなかった。きっと今から紗里の家に行ったとしてももう会えないのだろう。
 紗里は転校してしまった。私に何も言わずにいなくなってしまったのだ。
 紗里の残した財布を開き、彼女のお守りだった紙片を見つめる。
 ――真由はね、頑張っている時がいっとう素敵よ。
 去年の体育祭の時、転んで迷惑をかけてしまったと落ち込む私に紗里がそう言ってくれた。
 ――無理に慰めてくれなくていいのに。
 ――本当のことなのに。真由はね、掛け値なしに素敵なのよ。
 紗里が私に言えずにいた気持ちを想う。

 財布に入っていたのは折りたたまれた一枚の写真。
 それはあの体育祭の時の、紗里の隣で笑う砂だらけの私の写真だった。


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このストーリーに関するコメント

17/11/06 そらの珊瑚

待井小雨さん、拝読しました。
そういえば黄色の財布、カエルの飾り、金運を上げるお守りといわれてましたっけ。
(私はおみくじが大吉だったら一年入れておいたりします)
財布はほぼ毎日手に取るとても身近なモノなので、紗里はその中に大切なものをしまっておいたのですね。

17/11/10 待井小雨

そらの珊瑚 様

お読みいただきありがとうございます。
真由が紗里を想っていたように、あるいはそれ以上に想っていたということを示すものとして、財布の中の写真を使ってみました。
大切なものを毎日使うものにしのばせ、時折見詰めるという気持ちが上手く書けていたら良いのですが……。

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