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田中色さん

言葉が好き。

性別 女性
将来の夢 作家
座右の銘 おやすまない。

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1円足りない財布

17/10/22 コンテスト(テーマ):第145回 時空モノガタリ文学賞 【 財布 】 コメント:3件 田中色 閲覧数:114

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九十九万九千九百九十九円の現金が入った財布を、街路に咲くツツジの花壇の中で拾った。
街路にいるのは、見る限り私だけであり、周りに人はいない。
ここで私の心を動かしたのは、現金以外にクレジットカードや保険証、運転免許証などの個人を証明する類のカードや紙が何一つ入ってなかった事だった。レシートの一つも入ってやしない。正真正銘の現金だけ。どの雑貨屋中古屋に行っても見かけるような、茶色の革の長財布に皺なく収まるお札と分けられた小銭のみ。
……ここで脳裏に過るのは、近くの交番に届け出るかこのまま己が使ってしまうかである。
告白しよう。私は只今絶賛お金にお困り中である。
……使ってしまおう。
私の預金通帳の残高は只今5桁を切ろうとしている。今月の家賃の支払いは二十七日。給料日は二十五日だが恐らく足りない。
コイツを使えば足りる。
「まァ、落としたヤツが悪い」
「それ僕の財布なんです」
「え?」
唐突に声をかけられた。
例の長財布を自分の鞄の中にいざしまおうとした丁度その時だった。
「ほら、この一円。その財布、たぶん九十九万九千九百九十九円しか入っていないでしょう? 僕の持つ一円を足せば百万円になる」
視界に映ったのは、同い年くらいの青年だった。中性的な顔立ちと華奢な体をしていたが、声で男だと分かった。
確かに、お金がいくら入っているか分かってる時点で持ち主の可能性は大いにあるのだが。こっちからしてみれば一円を持っている人なんてそこかしこにいるだろうし、お金の数が分かっていたのはどこかで私が拾ったのを見てて、適当な金額を言ったらたまたま当たったってだけで……。
……とにかくこのお金はもう私のものの筈!
「その一円だけで証明しようとしてます? それに財布の中身の金額違うんですけど」
私はケロリと嘘をついた。
「まァ、僕的にはその財布も中身も差し上げてもいいのですが……」
「え」
思わず声に出た。……この男何がしたいんだ?
「条件があります」
「はい」
ここではいと答えた時点で、私の言った言葉は嘘になること、彼の言った金額を認めていることに近いのだが、差し上げてもいいという、完全に例の財布を己のものにできる安心感と持ち主(かもしれない)の証明が手に入るかもしれないと分かったら、思わずはいと答えて話を聞く体制になってしまった。
「染井蒼汰(そめいそうた)と申します。お名前を教えてください」
「……草薙水素(くさなぎみずもと)です」
いきなり知らない男に本名を教えるのは気が引けたので、咄嗟に偽名を使った。
「クサナギ、ミズモトさん……どっちも苗字みたいで、響きも素敵です。駅前のカフェでお茶しませんか? 僕奢ります」
「……はい」
一瞬迷ったが、何しろ今は金が本当にない。ご飯もろくに食べてない。ここは甘えて存分にご馳走になろう。
……変わったナンパだなァ。
駅前にあるカフェで一番高そうなカフェの中に彼は躊躇なく入ると、席に着くなりこう切り出した。
「お名前、偽名ですね?」
一体全体、この男は私の心を先から除いているのか。
「は?」
もっともらしい反応を私が示すと、彼は優しく笑ってこう言った。
「草木の草に薙刀の薙、水素の水に元素の素。……あなたが先ほど教えてくれたクサナギミズモトとはこういう字ですね?」
「……」
何も言うことが出来ない。何故なら思いついた名前そのまま、彼はノーヒントで当ててしまったからだ。
「その名は確か、ある架空戦争小説のヒロインの名前です。読み方を変えてますが、漢字は同じですね。……当たっていますか?」
「……はい」
「そうですか、良かったです。ここで本名でしたら失礼ですから。僕あの作品大好きなんです。あの作者の本は全て読んでいます」
「え、すごいですね」
私も彼同様、あの作者は大好きでよく読んでいるのだが、さすがに全部は未だ読めていない。思わず面を食らっていると、
「本名を教えてください。ちなみに僕は本名です」
不意を突かれた。
「……夢野嘉奈子(ゆめのかなこ)です」
彼に嘘はつかない方がいい。己が馬鹿を見るだけだ。心の中でもう一人の自分がそう助言してくれた。
「素敵です。どんな字で書くのですか?」
「……普通の夢に野原の野、……吉日の吉に、加えるって字を下に付けたみたいな嘉っていう字に、奈良の奈、子供の子です」
ここまで言うのに疲れてしまった。
「僕は染める、井戸の井で染井、草冠に倉を付けて蒼、さんずいに太るで蒼汰と読みます」
「へぇ」
私は用意されたオムライスを頬張りながら、耳に良く通る彼の声を聞いていた。
……モテそうだけどお高そう。きっと器用貧乏だ。
そんなことを思いながらオムライスのふわふわに心を躍らしている矢先だった。
「嘉奈子さん、本や、言葉の話をもっとしたいので、僕とお付き合いしませんか?」
「へぇ……え?」


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このストーリーに関するコメント

17/10/22 霜月秋介

田中色さま、拝読しました。
彼女が財布を拾ったのは偶然なのか、図られたことなのか、はたして…
このあと彼女がどういう決断をするのか気になりますね。続きを読んでみたい終わり方でした(笑)面白かったです。

17/10/24 田中色

霜月秀介様、コメントありがとうございます。
実はこの話には、男側のストーリーを考えていたのですが間に合わず……
ぶっちゃけますと、主人公が金に揺られて付き合うんですが、その続きは次回のテーマに合わせて出せたらなと思います。
拝読ありがとうございました。

17/10/24 田中色

霜月秋介様、コメントありがとうございます。
実はこの話には、男側のストーリーを考えていたのですが間に合わず……
ぶっちゃけますと、主人公が金に揺られて付き合うんですが、その続きは次回のテーマに合わせて出せたらなと思います。
拝読ありがとうございました。

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