1. トップページ
  2. 老夫婦

月のワーグマーさん

少し不思議なお話を考えるのが好きです。

性別 男性
将来の夢 書き溜めていっていつか一冊本が作れればいいなぁと。
座右の銘 なるようにする。

投稿済みの作品

0

老夫婦

17/10/22 コンテスト(テーマ):第146回 時空モノガタリ文学賞 【 デート 】 コメント:1件 月のワーグマー 閲覧数:143

この作品を評価する

わたしはよく散歩をする。
定年退職してから、退職金と年金で暮らしているから時間だけは余っていた。

築30年を超えた家の整備が趣味だ。一人暮らしとはいえ、今夜も息子夫婦が孫を連れて遊びに来る。孫のためにも準備は怠れない。スマホだって使う。アプリは天気、大工サイトへのショートカット、地図。これだけあれば十分だ。

天気アプリによれば昼からは曇るそうだが、この季節の散歩にはちょうどいい。老人が散歩中に脱水症状で死亡なんてニュースは笑えない。

仏壇の前で地図アプリを開いて今日の散歩コースを考える。
「どこに行こうか?」
川まで出よう。少しは風があるだろう。お茶を飲みにスタバに行こう。そうだ、その前に本屋に寄ってみよう。

帽子をかぶり、混麻の白いシャツを羽織る。風通しがよく、強い日差しを遮ってくれる。ひざ下のハーフパンツは孫には評判が良いが、息子夫婦からは恰好が若すぎると苦情が来る。さらに踝丈の靴下に青いスニーカー。
麦茶を入れた水筒をカバンに仕舞い、フェイスタオルをカバンに入れる。財布をハーフパンツの後ろポケットに、スマホを右のポケットに入れる。一つ一つの動作が年を取ったせいか鈍く、一人笑ってしまう。

ドアを開けなくとも外の熱気が伝わってくる。
「さ、行こうか」
ドアノブを握り、押し開いた。

川沿いを歩く。日差しがまぶしい。川面を生暖かい風が撫でていく。白いパイプで作られた柵を元気な雑草が鋭い葉を突き立てんとするようだ。ひび割れたアスファルトからも短い雑草が顔をのぞかせている。
「そこ、あぶないよ」
と犬の糞をよけ、
「しっかりしよう、始末」
などと看板の文句を口にする。もっとも、赤く書かれた「糞の」という文字が退色していているだけで、読めないわけでもないし、知っているのだが、
「しっかりしよう、始末」ともう一度口にする。

年の割に足腰はしっかりしている。が、頭の方は最近特に忘れ物が多くなり、息子に心配されるようになった。
川に合わせて蛇行していくと、少し先のスタバが見えてくる。水筒から麦茶を一口飲み、汗をぬぐう。

カランと鈴を鳴らしドアを開けると冷房の効いた涼しい風が体を包んでくれる。
「いらっしゃいませ」と迎え入れられ、カウンターへと向かう。
「ソイラテのアイス、トールで」
それから、
「キャラメルマキアートのアイス、トールで」
受取カウンターから受け取ると、奥の二人掛けの席へと向かう。いつもの席だ。向かい合わせに座れるようになっており、手前にソイラテ、奥にキャラメルマキアートを置く。これもいつも通り。最近では店員さんが気を遣って空けてくれるのではないかと思うほどだ。

雑誌置き場から適当な雑誌を二冊選び、一つを奥に置き、もう一つを読み始める。自分が読むのは大体日曜大工や料理の雑誌が多い。雑誌を開いて思い出す。ああ、本屋に寄るのを忘れた。
「年を取ると、忘れ物が多くなっていけない」
「ああ、この椅子いいね。うちに合いそうだ」
「この壁紙は、うーん、どうだろうね」
気が付くと時間が結構経っていて、ソイラテも飲み終わっていた。
「じゃぁ、飲むね」
キャラメルマキアートを一気に飲み、トレイにグラスをまとめて立ち上がるが、
「そのままでよろしいですよ。お片付けいたします」
丁寧な女性店員の声で立ち止まる。
「いつもありがとうね」
「こちらこそいつもありがとうございます」
背筋の伸びた気持ちの良いお辞儀を背に、
「さ、行こうか」とドアを開けた。

川沿いを少し戻り、本屋にも寄ろうかと思ったが、なんだか疲れてしまった。
「本屋はまた今度にしよう」
帰りは行きとは逆の岸を歩く。橋の下の影に鴨だろうか、何羽か鳥が泳いでいる。よくみると大きな鯉もいるようだ。さすがにここまで大きいと鴨には襲われないのだろう。悠々と川上を向いて泳いでいた。

ようやく家に着き、玄関に腰を下ろす。カバンを下ろし、大きく息をついた。
息を整え、スニーカーを脱いで立ち上がると奥の部屋へと向かった。もう日は傾き始めていた。
和室の仏壇の前に正座し、線香に火をつけると手で払い、土香炉に立てる。
手を合わせると、話しかける。
「ああ、お疲れ様。今日は川沿いからスタバに行ったね。キャラメルマキアートを頼んだけど、よかったかな? 気に入ってくれているといいのだけれど」
「今日も暑かったよ。川には鴨がいたよ」
「雑誌も最近のファッション誌を選んだけれど、楽しんでくれたかな?」
「ああ、今日のデートも楽しかったね。いつものコースでマンネリとか言わないでくれよ?
ばあさん」
「今度は、泊りで旅行なんてどうかな?」
そう言った途端、背後で声がした。
「おかあさーん! おじいちゃん呆けたぁ! 一人でおしゃべりしてるよぉ!」
「どちら様かな?」
孫に微笑み、呆けたふりをして見せた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

17/10/22 月のワーグマー

作者です。星野源さんの「老夫婦」という曲を聴いてほしくて書きました。よかったら聴いてみてください。

ログイン