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木原式部さん

文章を書いたり、占いをしたりしています。 時々、ギターで弾き語りもします。

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25年振りの再会

17/10/22 コンテスト(テーマ):第145回 時空モノガタリ文学賞 【 財布 】 コメント:1件 木原式部 閲覧数:125

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 夕方、家に帰ると、玄関先に紙袋が置いてあった。中を覗くと古い財布が入っている。僕はその財布を取りだして、思わず「あっ!」と声を上げた。その財布は僕が25年前に誰かに盗まれた財布だった。
 紙袋の中には財布と一緒に「お返しします、申し訳ございませんでした」とだけ印字された手紙も入っていた。
「――おい!」
 僕は慌てて家に入ると、居間にいた妻に財布を見せながら言った。「びっくりだよ。昔、盗まれた財布が戻って来たんだ!」
 25年前と言えば、妻と出会った頃だったな、と僕は思った。今でこそ妻は家族によく尽くしてくれる優しい性格だが、昔は相当荒れていて地方の実家から家出を繰り返すような少女だった。ある日、今も住んでいるこの家の前でしゃがみ込んでいる妻を母親が見つけて、家に入らせたのが最初の出会いだった。母親に説得されたのをきっかけに更生した妻は、専門学校へ行くために再び上京し、お礼を言うためにまたこの家を訪れた。それがきっかけで僕たちは付き合うようになって結婚し、今では大学生の一人娘がいる。
「昔の財布が?」
「そうなんだよ! 金もそのままみたいだ」
 財布を盗まれた当時どれくらいお金を入れていたのかは忘れたが、札や小銭が入っていると言うことは何も盗まずにそのまま返って来たということなのだろうか。
「良かったわね」
「そうだな、財布が盗まれた時は盗んだヤツを相当恨んだけどな。覚えているか? お前がこの家に初めて入ってきた時のこと。ちょうど、この財布が盗まれた直後だよ。まさか、お前が引っ越す前日に財布が戻ってくるなんて、すごい偶然だな」
 妻は明日実家に引っ越すことになっていた。家の廊下には実家に送る段ボールや引っ越しついでに家全体を整理して出たゴミが積まれている。妻の母親が病気で介護が必要になり、家族で話し合った結果、妻はしばらく一人で実家へ帰ることになったのだ。僕も娘も笑顔で「自分のしたいようにすれば良い」と妻に言ったが、本当は僕も娘も妻と別れるのが淋しかった。玄関先の財布を見るまで僕は暗い気持ちだったが、財布を見つけた今は、妻のために気持ちを押し殺した自分に神様がご褒美を与えてくれたのではないか、という気持ちにさえなった。
「そうね、すごい偶然ね」
「そうだよな」
 僕はテーブルの上に財布の中身を並べ始めた。お札に小銭、すっかり色が黄ばんでしまったレシート、今はつぶれてしまったお店のポイントカード、そしてテレホンカードまで入っている。
「この店のポイントカード、懐かしいな。もうつぶれたけど、よく結婚する前に一緒に行った店だ」
「そうね」
 僕は向かいに座っている妻の方を見た。さっきまで昔の財布が戻ってきたことに夢中で気付かなかったが、いつもと妻の様子が違うような気がした。何というか、上の空のような感じがする。妻も言葉では言わないが、きっと僕や娘と別れるのがツラいのだろう、と僕は思った。
「こうやって財布の中を見ていると、段々と昔のことを思い出すな。――そうだ、この紙袋に財布が入っていたんだけど、一緒に手紙も入ってたんだよ。『お返しします、申し訳ございませんでした』って。本当に誰なんだろう? それにしてもよく俺の家がここだってわかったよな。財布の中に住所でも書いてあるのが入ってたのかな?」
 僕は紙袋の中に入っていた「お返しします、申し訳ございませんでした」と印字された紙を広げると、もう一度じっくりと見た。そして、さっき最初に財布を見た時のように「あっ!」と声を上げそうになった。
 紙に印字されたフォントに見覚えがあったからだ。このフォントは特殊なフォントで使っている人をあまり見ない。ただ、僕はこのフォントの見た目や雰囲気が好きで、自分のパソコンのフォントは全てこのフォントに設定していた。
 そう言えば、最近、妻が「パソコンを使いたい」と言って来たことを思い出した。妻はまったくの機械音痴だから何に使うのだろうかと不思議に思いながら、僕はカンタンにパソコンの入力の仕方やプリントアウトのやり方を教えてやっていた……。
「本当、この財布を盗んだヤツは誰なんだろう?」
 僕は妻の方を見ながら独り言のように言った。「まあ、盗んだときはいろいろと事情があったんだろうな。でも、こうやって25年経って返してくれたってことは、ずっと25年間苦しんでいたのかもしれない。でも、返してくれたから、俺はそいつを許すよ。むしろ、25年経って返してくれてありがとうって言いたいね」
「やだ、あなたったら、盗んだ相手にありがとうなんて……」
 妻はイスから立ちあがると台所へ行ってしまった。僕の方に顔を見せないようにしていたが、僕には妻が泣いているようにも見えた。
 僕は妻の後ろ姿に向かって、もう一度いろいろな意味を込めて「ありがとう」と心の中で呟いた。


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このストーリーに関するコメント

17/11/18 浅月庵

木原式部さん

作品拝読させていただきました。
“僕”は妻が財布を盗んだことに気づきながらも、
それを肯定して許すという部分に、
彼女の存在が二人にとってかけがえのないものであり。
温かい家庭を築けている背景が自然と表現されていて、
良い作品だと思いました。面白かったです。

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