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とおのあゆさん

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善は急げ

17/10/20 コンテスト(テーマ):第145回 時空モノガタリ文学賞 【 財布 】 コメント:0件 とおのあゆ 閲覧数:107

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善いことをした日は気分が良い。

小春日和の陽気の中で、宏樹は高揚した気分を抱えながら駅を横目に歩く。日の当たらないこの裏道も、今日ばかりは懐が温かく感じる。

今朝、眠い目をこすりながら宏樹がサラリーマンに溢れる駅の改札口を出ると、後ろからふと肩を叩かれた。
「これ、落としましたよ。」
振り返ったとたん、黒い長財布を差し出された。宏樹は反射的に受け取ったが、それが見覚えの無いものであることにすぐ気がついた。宏樹が顔を上げた頃には既に声の主は改札口へと急いで去っていくところだった。
宏樹は弾む心を抱えてトイレの個室に入り、財布をまじまじと眺める。有名ブランドのロゴが入った超高級品で、持ち主が金持ちであることは明らかだ。些かの背徳感を覚えながら宏樹は意を決して中を開く。数え切れない万札と、数多のクレジットカード。宏樹は思わず唾を飲み込み、内ポケットに手を伸ばす…

宏樹はトイレから出ると、一目散に北口に向かった。慣れないスーツに戸惑い震える足をどうにか動かし、たどり着いたのは駅前交番だった。
「南口広場のところでどなたかが落とされたようで」
「ありがとうございます。持ち主の方が現れた際に謝礼を請求することができまして…」
巡査の説明に宏樹は軽く吹き出してしまった。謝礼などを期待していたら初めから交番に届けたりはしない。なにしろ財布の中身に指一本触れなかったのだから。
「そういうの大丈夫です。これから仕事で急いでるんで。失礼します。」

高架をくぐり、宏樹は南口方面へと向かった。
「あのオッサン、最近チョーうるさくね?黙ってほしいんだけど。」
すれ違う2,3人の小学生たちが不満を口にしている。まだ朝の8時過ぎだというのに、スピーカーからは演説が響いている。
「我々改政党は、日本を担う子どもの願いが叶う未来を作ります!」
通勤ラッシュの真っ只中であり流石に立ち止まって演説を聴いている人は少ないが、決め台詞とも言うべき政権交代の文言が出ると、どこからともなく拍手が湧き起こった。改政党の若手の急先鋒・桃井祐太郎議員の地元であるこの駅では、演説は連日大盛況。トレードマークの鉢巻とその名前から「桃太郎」の愛称で親しまれ、地盤がないにも関わらず地元の支持は非常に高い。
宏樹はかねてから、桃井のことが気に食わなかった。誠実そうな表情の奥に潜む黒い顔が透けて見えるようで、宏樹は桃井に人々がなぜ惹かれるのか理解ができないままでいた。

街には寒風が吹き抜けている。遠くから桃井の声が耳に飛び込んでくる。
「低所得者層に対しては毎月1万円の補助金を交付し…」
補助金などと愚かなことを。宏樹にとって1万円などその気になれば端金にすぎない。口角から笑みが零れ、行き交う人々が怪訝そうに宏樹の顔を見てくる。
間違いなく宏樹は財布の中身に指一本触れずに交番に届けた。しかし触らなくともできることはある。たとえばキャッシュカードの情報を盗むこと。磁気で簡単に情報を盗めるとは、便利な世の中になったものだ。宏樹は内ポケットのスキマーに心から感謝した。

雑居ビルの一室に着いた宏樹はスーツを放り投げ、ソファーに寝転んでテレビをつけた。ニュースは飽きもせず人気議員の桃井を映し出す。相変わらずのはち切れんばかりの笑顔。宏樹は内心辟易しながら、携帯の画像フォルダを開く。そこには、反社会組織のトップと会談する若い男。自宅でスーツ姿のまま金庫から金を取り出す若い男。鉢巻を片手に鬼の形相で秘書に掴みかかる若い男。これらは全て、テレビに今映っている男の裏の顔である。少し前から桃井は闇献金に手を染めているという黒い噂があり、極秘裏に警察が動いていたが証拠の糸口すら掴めなかった。
そんな中、宏樹に情報屋の猿渡から早朝に電話が来た。
「演説に来た桃井から財布をすった。鳥居、お前に渡すから8時に改札に来い。」
財布を取られたことは桃井陣営も気付くはずだ。闇献金の証拠が財布からバレかねないとあれば、目を皿にして奪還しに来るはずだ。目立たないスーツ姿で落し物を拾ってもらうふりをして猿渡から財布を受け取り、金の動きを掴むためキャッシュカードから情報を抜き出した。更に財布からは取引のメモも見つかった。盗んだ財布を証拠にするのは問題だが、落し物から足がついたという形にすれば桃井を任意同行することができる。キャッシュカードの情報だけで証拠能力を持つかは怪しいが、イメージ勝負の政治家にとって、疑惑がかかった時点で命取りだ。

「私は、公約の100パーセント実現をお約束します!」
ここのところ連日大声で桃井の演説が響いているが、これも今日が最後になるだろう。先ほどすれ違った小学生の願いは叶うこととなる。流石は100パーセント実現の桃井様だ。何よりこれは日本のためになる。

善いことをした日は気分が良い。


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