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木偶乃坊之助さん

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残り物たちの夕暮れ

17/10/20 コンテスト(テーマ):第146回 時空モノガタリ文学賞 【 デート 】 コメント:0件 木偶乃坊之助 閲覧数:166

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 なぜか平日の日暮れ前にマントヒヒを眺めている。アホ面で、少しも動かない。時おり器用に鼻を穿っては、取り出した物を口に運んでいる。およそデートにふさわしくない光景を前に、隣の女は薄笑いを浮かべている。

「彼女がこっそり毒を盛ったなら、気づかないふりして飲んだと思いますよ。それは僕が悪かったってことだから」
言いながら、何でこんな話になったのかと考えた。婚活で、三回目のデートである。なぜ僕は場違いな、元カノの話をしているんだろう。
「荻野さんって、なんか気持ち悪いですね」
相変わらずマントヒヒを見つめながら、女が冷めた声で呟いた。ずいぶんとストレートな批判だ。元カノの話をして気を悪くしたのだろうか。マントヒヒが、何か癪に障ったようで檻の中で暴れだした。
「マントヒヒのどこが好きなんですか?」
話を変えて話題を振ってみる。女の希望で動物園まで見に来たのだ。よほど好きなのだろう。
「……ポエムとか、まさか書いちゃうタイプですか?」
僕の問いかけを無視し、逆に質問を返された。なぜ分かったのだろう。
「その、まさかですよ」
そう答えた瞬間、女がクッ、と苦しそうに顔を歪めた。そしてクッ、ククッ、と続き、笑っていることに気づいた。けして顔はブスではない。むしろ整っている方だが、女がこれまで結婚できずにいた理由が何となく分かるような気がしていた。

「人間の頭って、五キロくらいあるそうですね」
最近起きた外国の猟奇殺人の話になって、女がそう呟いたのを覚えている。最初僕らは動物園まで歩きながら、津山三十人殺しの都井陸雄の話をしていた。前回のデートで一番盛り上がった話題だから引き続き話したのだ。猟奇殺人繋がりでその人間の頭の話になって、僕は何とはなしに女の頭を見た。ドキッとした。女が振り返り、近眼の、視点の定まらない目でこちらを見つめてきたのだ。そうだ。これで同じ近眼だった元カノを思い出して、話が脱線したのだった。

「詩が幾つか貯まったんで、詩集を十冊ほど作ったんですよ。業者に頼んで。それでネットの知り合いとか、身内とか、友達。配ろうとしたんだけど、全部断られてね。丁重にみんな、上手いこと受け取らない言い訳を探してくるんです。要らないとは言わずにね。その優しさに傷つきました」
女が詩をバカにして笑ったので、僕は自分の痛みを訴えて反撃する作戦に出た。笑って悪かったと思わせようとしたのだ。すると女は間髪を入れず「結構それ、読みたいかも知れないです」と言った。意外な返答に、なぜか僕の目がジワリと涙で滲んだ。
 詩集は元カノの分も作り、結局渡せなかった。既に別れていたのに、彼女のことばかり詩にした。今さら気持ち悪く思われたくなくて渡せなかった。けれどいつだったか、僕が後にそれとなく話したら彼女は「読みたかった」と言ってくれた。ここぞと言う時に裏切らない、良い女だった。そうだ。僕はさっき元カノを例にして恋愛観のようなことを語ったのだった。相手が毒を盛るなら飲んでしまうほど、稚拙で盲目的な。これは確かに気持ち悪い話だ。

 ふと前を見ると、いつの間にかマントヒヒが交尾を始めていた。さすがに場違いだと離れようとすると、女が口を開いた。
「詩集は結局捨てちゃったんですか」
どう答えようか躊躇して、正直に答えることにした。
「少しずつ、千切って燃やしました。灰皿の上で。泣きながら燃やしましたよ」
少し冗談めかして卑屈な口調で答えた。またバカにして笑ってくれればいいと思った。
「何も燃やさなくても。詩に罪はありませんよ」
何か言い返そうと思って、何も言えなかった。この人は少し変だが良い人だ。でも僕には婚活の資格がないのかも知れない。無意識に元カノと比較している自分がいる。十年も前の、古い記憶の女と。

「マントヒヒ、好きだった人に似てるんです」
突然女がそう言った。
「私も荻野さんと一緒です。吹っ切ろうと思って婚活始めて。迷いがあったから、今日ここに一緒に見に来たんです」
突然の告白に、なんて言えばいいか分からなかった。だいぶ沈黙の間があいて、「そうですか」とやっと答えた。女が僕の顔をまたぼんやりした目で見つめた。キスしたいなと、ふと思った。

「嘘です」
「え? 嘘?」
「ただ何となく好きなだけです」

 女がくるりと振り返り、スタスタと先に歩きだした。走って背中を追いかける。いつの間にか目の前の女に夢中になりかけている自分に気づいた。突然女がクルッと振り向き、肩を震わせ顔をしかめた。
「今日、十年ぶりに笑いました」
そう言ってクッ、クッ、と押し殺すように笑った。やっぱりこの人は少し変だ。でもそれはそれで愛おしいような気もする。いつの間にか日が暮れて、女の顔がほんのりと茜色に染まっている。女が手を差し出してきた。僕は何かを確かめるように、女の手を強く握った。


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