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リードマンさん

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究極の娯楽

17/10/17 コンテスト(テーマ):第117回 【自由投稿スペース 】 コメント:0件 リードマン 閲覧数:87

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そんな、夢を視た。

いつの頃からだろう。私は自らの夢を自由に操作出来るようになっていた。
夢の中で、私は、それが自らの夢であると認識し、全てを知り、何でも出来る。
学生時代に戻って、青春をやり直したり、異世界に渡って、冒険をしたり、かつて愛した相手と再び出会ったり、新たな恋をしてみたりと、好き放題である。
私は昔から物語を創作するのが好きだった。幼き頃は自らの人形達に様々な設定を与え、物語をリアルタイムで作りながら友と遊んだものだ。文字を覚えてからは、乱読家になり、二次創作に手を出すようにもなった。思えば、その頃からかもしれない。私が、自らの夢で遊べるようになったのは。
とあるテレビ番組で夢の操作が訓練によって習得出来る技術であると知った私は、まずは、夢を視ていると認識出来るようになった。きっかけは何でも良い、ただ強い動機が必要だ。己の夢を我が物にするのだと強く思いながら過ごす事だ。
誰にだって一度は経験がある筈だ。明晰夢、と呼ぶらしい。
ありえない事象が起きた時が一番のチャンスとなるかもしれない。例えば、私がそうなのだが、自由自在に空を飛んだ時だ。
私は初めて飛行に成功した時、それが夢であるとは自覚していなかった。ああ、飛べるなという実感があり、飛んだだけだ。
最初の一歩は視た夢をきちんと覚えている事、次のステップは一度視た夢を繰り返し視る事。更に次は、それがかつて視た夢であると認識する事だ。ここまで来てしまえば、後は容易い。夢であると認識する習慣を作るのだ。経験を積む事で自在になるのは夢の操作でも同じ事だ。
初めは空を飛ぶだけだった私は、いつしかどんな悪夢もはねのけられるようになり、今では思いのままに操れるようにまでなった。体得するまで一年はかからなかったと思う。誤解しないでいただきたいのだが、習慣化してしまう事で、必ずしも明晰夢だけを視るようになってしまう事は無い筈だという事だ。安心して欲しい。
この文章を読んでいただけているという事は、きっと貴方も、創作活動が好きな筈だ。
私は、究極の創作活動の一つをご紹介させていただいた。正直言って中毒性があり、危険だ。しかし貴方には、第二の私になる素質がある。

そんな、夢を視た。

どんな夢なのかは、これからの貴方が実際に体験するのが一番良いだろう。

今では、私の投稿作品の多くが、私が、夢で創ったモノであるという事をここに追記させていただく。
夢の中でまで創作活動が出来て、かつリアルタイムで体験が出来るのだ。
果たして貴方は、この蛇の果実に、手を伸ばさずにいられるだろうか?


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