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彼女の財布

17/10/17 コンテスト(テーマ):第145回 時空モノガタリ文学賞 【 財布 】 コメント:0件 酒楽 閲覧数:146

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 僕はとても平凡だ。容姿も良くも悪くもなく、務めている会社ももらっている給与も平々凡々である。そんな僕にも一つだけ平均以上のものがある。それは僕の交際している女性、つまりは彼女である。
 
彼女に出会ったのは僕の勤めている会社の取引先へ契約書を届けに行ったときのことだった。僕は段差に躓いてしまい、もっていた書類の束をあたり一帯にぶちまけてしまったのである。慌てて拾っていると、大丈夫ですか?と僕に声をかけ拾うのを手伝ってくれた女性がいた。顔を上げて、書類を集めてくれた女性を一目見て僕はたちまち彼女に惚れてしまった。ぱっちりとした二重の目に整った顔立ち、さらさらと流れるような茶髪、ほんのりと伝わってくるこの匂いは柑橘系だろうか。僕と彼女では不釣り合いであることは目に見えて分かったが、それでもあきらめたくなかった僕は書類を拾ってくれた彼女にお礼を言った後、すぐに連絡先を聞いた。もちろん、彼女は困ったように笑って、職務中ですのでと断った。
 その日以降、その会社に行くたびに彼女に話しかけ、食事に誘ったりした。何度も何度も断られたが、十数回これを繰り返すうちに、とうとう彼女も根負けし僕の誘いを受けてくれた。僕はその日からおしゃれなレストランを徹底的にリサーチして、僕の給料の3分の一くらいはかかるであろうレストランを予約した。彼女にレストランの名前を告げると彼女はすごく喜んでくれた。正直そのレストランの味は彼女の気を引くことに夢中になったせいかほとんどわからなかった。しかし、とても楽しいきらきらとした時間だった。
 
 そのあとも数回、彼女を誘いレストランへと行った。あの食事以降彼女は僕の誘いを積極的に受けてくれるようになった。そして、僕は6回目の食事の時に彼女に僕の思いのたけを告白した。彼女の返答するまでの時間は永遠かと思うほど長く、そして居心地の悪いものだった。彼女の返答は“Yes”だった。僕は心の中ではおそらく無理だと、彼女が僕の気持ちに答えてくれるはずがないと思っていた。それほどまでに僕と彼女は不釣り合いだったのだ。彼女の返事を聞いたその瞬間は間違いなく僕の人生で最も幸せな瞬間だった。
 
 付き合うこととなってからは、彼女は忙しくあまり会うことができなかった。今日も祝日ということもあり、彼女をデートに誘ったのだが仕事があるからと断られてしまった。仕方なく僕は近くの大型ショッピングモールへとひとりで出かけた。昼ご飯を近くのファストフード店で済ませ、店の外に出ると、少し離れたおしゃれなカフェに彼女が3人の女性と一緒に談笑しているのを見つけた。仕事が早く終わって、仕事仲間とカフェにでも来たのだろうか。彼女が何を話しているのか気になった僕は、カフェに入り彼女たちとは少し離れた席に座り、ブレンドコーヒーを頼んだ。ちょうどその時、彼女たちの席から“財布”という言葉が聞こえてきた。僕は彼女の誕生日に、彼女の好きなブランドの財布を贈ったのだ。給料2か月分が吹き飛ぶほどの値段の財布を彼女に渡すと彼女はものすごく喜んでくれた。その話でもしているのだろうか?と僕は耳を澄ませた。
「財布の使い心地はどんな感じ?」
彼女の友人と思しき声が聞こえてきた、やはり財布の話をしていたようである。
 「うーん、微妙かなぁ」
彼女の返答を聞いて僕は少し驚いた。
 「使いがっては普通なんだけどね、見た目がねぇ」
そう言って彼女は手を伸ばして友人たちに何かを見せていた。僕からはちょうど壁が邪魔で見えなかったが、おそらく財布を見せているのだろう。そんなにデザインが悪かっただろうか、もう少ししっかりと彼女の好みを考えればよかったと後悔した。ちょうどその時僕の注文したブレンドコーヒーが運ばれてきた。
 「あぁ〜、確かにこれはねぇ。なんでこれにしたの?」
彼女の友人から見てもあの財布は微妙だったらしい。
 「最初はまぁ別にいいかと思ったんだけどねぇ。そろそろ新しいのに交換しようかしら」
僕はショックを隠せなかった。僕と一緒にいるときに彼女はそんな様子をおくびにも出さなかった。僕に気を使ってくれていたのだろうか。彼女の友人たちもみな彼女に同意して
「そうしなって、もうちょっとマシなのなんて腐るほどいるでしょ。あっ、もうこんな時間だ、そろそろ帰らないと」
そう言って、彼女たちは帰り支度し、立ち上がった。僕は見つからないように隠れた。彼女たちは会計を始めたとき
「ねぇそれ○○ブランドの財布じゃない!どうしたの?」
という声が聞こえてきた。見ると彼女の友人が僕のプレゼントした財布を見て驚いていた。
「さっき話した財布に買ってもらったのよ」
彼女は笑いながらそう言って、会計を済ませ、友人たちと店から出ていった。僕のブレンドコーヒーはもうすっかり冷めており、飲むと、とても苦い味がした。


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