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吉岡 幸一さん

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季節の終わりに微笑みて

17/10/16 コンテスト(テーマ):第146回 時空モノガタリ文学賞 【 デート 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:216

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 肩を寄せ合いながら川沿いの道を歩いていると、空から枯れ葉が一葉舞い降りてきた。
「もうすっかりこんな季節なんですね」
 ひろげたふたつの掌のうえに枯葉はふわっと迷うように落ちてきて揺れた。
「今年は雪が見られるのかな」
 赤らんできた空を見上げながら老いた男はつぶやいた。隣の老いた女も一緒に空を眺めている。とぎれとぎれな飛行機雲が西の空へとのびている。その雲の道を進むかのように渡り鳥の群れが飛んでいく。
「結婚のことなんだけど、やはり無理なんじゃないかと思うの」
 立ち止まり、細い川のゆるやかな流れを眺めながら老いた女は言った。
「言ったのかい。僕らのことを息子さんに」
「いいえ、言おうとは思ったんだけど、なんだか言えなくって」
「僕もだよ、娘には言えないでいる」
「もう、私たちお爺さんとお婆さんですからね。お迎えがいつ来るのかもわからないのに、結婚だなんて」
「ああ、そうだ。でもね、君と一緒になれたらって幸せだろうなって思っているよ」
 ふたりは見つめ合い頬を赤く染める。空き缶が二つ並んで川を流れていく。風は川辺の草を揺らし夕日は川の水を暖かな色に染めている。
 公民館の俳句クラブで知り合って三年、週三回クラブに通ううちに親しくなっていった。共に配偶者とは死別していた。老いた男は娘の家で世話になり、老いた女は息子の家で世話になっていた。俳句クラブの帰り道、二人の老人は一緒に公民館から川沿いの道を歩いて家に帰っていた。途中にある橋の手前で別れるまでがささやかなデートの時間だった。老いて未来の時間が少ないことはわかっていたが、ふたりは過去を振り返るよりも共に未来を夢みることが好きだった。
 結婚を意識しだしたのはいつからだろう。はじめて会った三年前からだろうか。それとも昨日からなのかも。いつからなんて、ふたりにとってはどうでも良いことだった。ただ今と明日が同じ気持ちでいられるのなら、それが幸せと思えてならなかった。
 川向こうの橋を男の子と女の子が走りながら渡ってきた。背中にランドセルを背負った二人の子供は川沿いの道を駆けて来て二人の老人の横を通り過ぎて行こうとした。男の子のランドセルが老いた男の腕に当たる。よろけるが、老いた女が両手で支えたので転ぶことはなかった。
「ごめんなさい。大丈夫ですか」
 男の子は素直に詫びて頭をさげると、つられて遅れてきた女の子も頭をさげた。
「このくらいなんともないよ。こう見えてこの人は頑丈なんだから」
 老いた女は男の子の頭を撫でると微笑みかけた。
「俺ね、ケイちゃんと結婚するんだ。そしてね、お年寄りになっても一緒に遊ぶんだ」
「ばか、お年寄りになったら遊んだりしないのよ。遊ぶのは子供だけなんだから」
 諭すように女の子が言うと、男の子は口を尖らせて地面を蹴った。
「あら、仲良しさんなのね」
「ないしょだよ。ぜったい」
 男の子は嬉しそうに言うと、女の子の手を掴んで駆けだした。小さな背中で大きなランドセルが揺れている。ふたりの子供は川沿いの道を川の流れと同じほうへ走っていく。
 途中、ふたりの子供は振り返ると手を振ってきた。ふたりの老人が手を振りかえすと、飛び跳ねるようにして駆けていった。
「結婚したら、小学校の近くに二人でくらしたいね。子供の声がにぎやかな場所で」
「でも、この川沿いの道は一緒になっても歩きたいわ」
「ああ、いつまでも一緒に歩き続けよう」
 老いた男は老いた女の手をとった。小学生の二人を真似したというより、知らないうちに勇気をもらっていた。
 川沿いの道をまっすぐに歩いていった。風は冷たかったが頬は熱かった。猫が道沿いの家の屋根の上で欠伸をしている。鎖に繋がれた犬が舌を出しながら二人を見つめている。川沿いに植えられた桜の木は葉を落とし、舗装された道を新聞紙が滑っていく。
 いつも別れる橋の前まで来ると老いた男の娘が赤ん坊を抱いて立っていた。赤ん坊は老いた男の孫で、娘の腕の中で気持ちよさそうに眠っていた。
「お父さん、私もうあの人と別れるから」
 老いた男が来るなり、娘は言った。そばに初めて会う老いた女がいることなど気づいてもいなかった。
「何かあったのか。別れるだなんて簡単に言ったらいけないよ。子供もいるんだから」
「わかってる、そんなこと。でももう耐えられないの」
 娘は抑えきれずに泣き始めた。
 老いた男はやさしく娘の背中をさすると、気持ちよさそうに眠る孫の顔をみつめた。
「夜になると冷えるよ。さあ、家に帰ろう。帰ってからゆっくりと話を聞かせておくれ」
 体の向きを変えた老いた男はすまなそうに頭をさげた。
「また明後日、俳句クラブの帰りに……」
 そう老いた男が言うと、柔らかな笑みを浮かべて老いた女はお辞儀をした。
  娘の肩を抱いた老いた男はゆっくりと橋を渡っていった。


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