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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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たじろぎのいやん

17/10/15 コンテスト(テーマ):第146回 時空モノガタリ文学賞 【 デート 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:170

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「いやん」
 はずかしさに、顔じゅうまっかになりながら楓は、風のいたずらに舞い上がるスカートを、あわてふためいておさえつけた。
「モンローみたいだ」
 そばからひやかす健介の肩を、「ひどい人ね」とぽんと叩くしぐさがまた、このうえなく初々しかった。
 明るい陽射しがふりそそぐ休日の公園はかれらのような恋人たちのたまり場だった。
 健介によりそいながら歩く楓は、ひらいたばかりの花のように、やわらかく、しなやかで、内側からあふれでる光にまぶしくかがやいていた。
 人を疑うということをしらず、なんでも信じこんだあげく、あとでよく涙を流している彼女をこれまで健介は何度も慰めてきた。そんな健介に終始頼りっきりの楓は、なでられて喉を鳴らすねこのように、彼といっしょのときはいつも嬉々として、なんでもないことにも子供のようによく笑った。

 楓は、パソコン画面に映し出された、若かりし日の自分の姿に、まぶしげに細めた目をむけていた。。
 その目は、動画の中の彼女の、あどけなけないまでのまなざしとはうらはらに、きびしくつめたい光をやどしていた。
 引っ越しのために、家財道具を整理していたら、昔撮った動画がでてきたのだった。
 誰だって若いときはある。あたりまえのことだが、それにしてもじぶんに、こんな時代があったことじたい、彼女にとってはひとつのおどろきだった。
 依存心まるだしのあまえた表情、頼りなくおぼつかないふるまい、ちょっとした事で仰々しく反応するやわな感性―――衣服からのぞく肌はしなやかでつやつやして、男の視線をひきつけずにはおかないにもかかわらず、そのことがはずかしくてならず、目をおとし、顔を必要以上にふせているじぶんがいた。
 これは彼とはじめてのデートのときの動画だった。異性といっしょに行動をともにすることじたい、生まれてはじめての体験だった。楓はもう一度動画を再生しては、若かりしころの未熟そのもののじぶんを嘲るかのように、ふと冷笑をあびせかけた。
 これはいまから二十五年前のできごとだった。
 健介とはこの動画を撮ってまもなくして別れた。その後父の知り合いの有力者のすすめで政治学をまなび、その人の後押しによりおもってもいなかった政界にのりだすことになる。かけだしのころはほんとうに、政治のいろはもわからずただただ右往左往するばかりで、海千山千の強者たちに翻弄されるいっぽうだった。しかしそんなななよなよした姿が、他人からみるとなにかと手助けをしたくなるようなところがあるらしく、また彼女のもってうまれた美貌もてつだって、彼女を擁護する連中があらわれだした。楓じしん、いつしか巧みにそれを利用しょうとしているじぶんを発見した。
 日本の主軸ともいえる党に五期当選し、政治の世界の裏も表もしりつくした政治家としての現在の地位を築きあげた。
 彼女は机にたてかけた鏡をのぞきこんだ。たったいまみていた、若かりし頃のじぶんの残像がまだはりついている目で鏡のなかの、みるからにいかめしい、尊大で、めったなことでは動じそうもない顔とむかいあった。そこには利害関係、裏金、嘘、策略がひしめく政治の王道をあるきつづけてきた自分がいた。脱皮をくりかえしてたくましく成長してゆく蛇のように、楓もまたじぶんの殻をこれまでなんども脱ぎ捨てては、権力を手にするためならどんなことでもあえてするしたたかな人間に変貌していた。とおの昔に女はすてた楓だったが、その捨てたはずの女を演じることで大物政治家にすりよる術もこころえるようになった。そんな彼女をうっかり批判なんかしたらさいご、彼女はあらゆる手をつかってその批判者を、この世界から抹殺することに全力をつくしただろう。いつしか彼女には、女帝と言う呼び名が冠されるようになった。
 彼女はパソコンのふたをとざした。しかしまだ、いまにもこわれてしまいそうな若かりしころのじぶんの姿が、目の中にちらついてはなれなかった。とくにあの、スカートをおさえながら口にした、たじろぎの「いやん」が、耳の中で反響していた。
 彼女は椅子からたちあがると、いきなりなにをするのか、動画にあったように、身をくねらせて、膝のあたりをおさえつけた。
 そんな自虐的ともいえる行為に彼女がはしったのも、つねにトップを走る者にのしかかる、ストレスの重圧からのひとつの逃避だったのかもしれない。
 ちょうどそのとき、急ぎの用でやってきた秘書の山川がノックもみじかくドアをあけるのと、こちらを見据えた彼女が「いやん」をいうのがほとんど同時におこった。
「先生………」
 山川はその場にこおりついたようにたちつくした。その後の人生で、困惑した状況に陥ったときにはかならずといっていいほど、このときまのあたりにした不条理な光景が彼のあたまによみがえるのだった。。


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