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霜月秋介さん

しもつきしゅうすけです。 日々の暮らしの中からモノガタリを見つけ出し、テーマに沿って書いていきます。

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拾って得た幸福

17/10/14 コンテスト(テーマ):第145回 時空モノガタリ文学賞 【 財布 】 コメント:9件 霜月秋介 閲覧数:490

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 財布を拾った。かなり年季の入った、橙色のがま口財布だ。ショッピングモールの男性トイレの床に、それは落ちていた。周囲に人はいない。開いて中を見てみると、千円札が四枚ほど入っていた。俺はそれを、自分のバッグに隠した。
 好きなアイドルの写真集が、ショッピングモール内の書店で四千円で売っていた。当初は買うつもりなど無かったが、拾った財布から四千円を取り出し、購入した。
 勿論、罪悪感がまったく無かったわけではない。常識で考えれば、財布を拾ったらサービスカウンターまで届けるのが当然だ。しかし結局は、欲が良心を上回った。隙を見せた奴は蹴落とされるこの世の中だ。財布を落とした奴が悪いのだ。
 書店を後にし、CDショップに入ると、好きなアーティストの新譜アルバムが販売されていた。しかし俺の財布の中にはあと二千円ほどしか残っていなかった。さっき拾ったがま口財布の四千円は既に使ってしまった。ところが、再度がま口財布を開くと、いつのまにか四千円が入っていた。拾ったときに入っていた四千円は既に使ったはずだ。どういうことなのか。まるで魔法でもかけられたようだ。不思議に思ったが、結局は欲に負けて、俺はその四千円をアルバム購入に使った。
 俺はその日、がま口財布を家に持ち帰ってしまった。ただの財布なら持ち帰らず、どこかに置いてきただろう。しかし持ち帰らずにはいられなかった。あれからまたショッピングモールで買いたいものを目にするたびに、がま口の財布の中には新たに必要な分だけ札が入っていたのだから。この財布があれば俺は、ひょっとしたら一生お金に困らずに済むのかも知れない。
 お金に余裕が無く、今までひたすら我慢の連続だった日々。それが、がま口財布を拾ってから変わった。欲しいものを目にすると何のためらいも無く買った。自販機の缶コーヒー、コンビニのおでんやフランクフルト、ファッション誌、洋服、鞄、家電、ソファー、高級車。自分の欲望のままに、次々と欲しいものを手に入れた。お金が無いからと、いつも拒んでいた飲み会にも積極的に参加するようになり、美しい恋人もできた。やがてその恋人と結婚し、豪邸を買った。従業員を雇い、子供も七人ほど出来、その養育費もがま口財布のお陰で困らなかった。周囲の人間には俺がさぞ、羨ましく見えるだろう。何の苦労もせず、ここまで這い上がったのだから。それにしても、今までいったいいくら使っただろう…?


「あれ?ない…」
 ある日、俺はがま口財布をうっかり無くしてしまった。盗まれたのかもしれないし、どこかに落としてしまったのかもしれない。思い当たる場所を俺は必死に探した。あのがま口財布の中には、俺の名刺だとか、俺のものであることを証明するものが入っていないので、もし交番などに届けられていたら、再び手に入れるのは困難だろう。どこかに落ちたままであることを祈りながら、必死に探した。しかし見つからなかった。
 隙だらけだった。油断していた。あのがま口財布を失う恐怖など、俺は全然考えていなかった。その後に何が起こるのか、俺は想像もしていなかった。
 がま口財布を失った翌日から、何かがひっくりかえったかのように、不幸が続いた。俺が住む豪邸は、原因不明の火災に遭った。不運にも俺の子供七人、そして従業員数人は中に取り残され、息絶えた。従業員の家族から莫大な慰謝料を要求された。
 火災保険、生命保険に加入してはいたが、保険金はすべて慰謝料や葬儀代に化けて瞬く間に消えた。妻にも愛想を尽かされて、やがて俺は一人になった。

 一気に住む家も妻も子も失って、気付いたことがある。たしかに俺は、あのがま口財布を手に入れてから、何不自由なく暮らせていた。しかしいつも俺の心の中は空っぽだった。いつのまにか、何もかもがあって当たり前になり、心の底からの感動も悲しみも、妻や子供に対する愛情も、さほど無かった。何もかも、自分で手に入れた幸福ではなかったのだから。すべては与えられた幸福だったのだから。結局のところ、あの財布から借り与えられていた幸福は、強制的にすべて返済させられてしまった。

 不幸中の幸いと言うべきか、あのがま口財布が手に入ってからも、世間体も考えて仕事は一応続けていたので、収入源は残っていた。俺はまだ終わってはいない。今度は自分自身の力で、新たな幸福を手に入れてみせる。
 


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このストーリーに関するコメント

17/10/15 木野 道々草

リズムの良い文体に、一気に読まされました。財布を開ければ常に必要な分だけ札が入っているファンタジーに対し、現実社会を生きている主人公がどう反応し行動するのか、拝読していてとても興味深かったです。

17/10/16 泡沫恋歌

霜月秋介さま、拝読しました。

幸運の財布だったのでしょうか? しかし良いことばかりは続かない。
主人公が最後にまだ終わっていないと前向きに生きようとするところがいいですね。

17/10/16 霜月秋介

木野 道々草さま、コメント有難うございます。
文の区切り方は常に意識してますので、そう言っていただけて嬉しいです。
今はクレジットカードにリボ払いという便利なシステムがありますが、あれもいくらでも使えるような錯覚に陥ってしまいそうで恐ろしいです。

泡沫恋歌さま、コメント有難うございます。
この財布は、ヤミ金から金を借りるよりも恐ろしい財布かもしれませんね。
救いようのない結末も考えましたが、それでは主人公が可哀相なのでやめました(笑)

17/10/17 葵 ひとみ

霜月秋介様、拝読しました。

私は特定の宗教には所属していないのですが、小説の後半が信仰心を試される、

旧約聖書のヨブ紀が頭に浮かびました。

霜月秋介様の全作品を読破した訳ではありませんが、主人公が何かに立ち向かってゆく

作品が特に好きです。今回も特にタイトルも素敵ですね。

17/10/18 霜月秋介

葵 ひとみ様、コメント有難うございます。

少し調べてみましたが、次々に失う下りはたしかにヨブ記に似ていますね。
人は、あって当たり前だと思っているうちは何も感じませんが、それを失う危機に陥ったり、もしくは失って初めて、その重要さ、有り難みを理解するのでしょうね。
お褒めいただきまして光栄です。

17/10/23 そらの珊瑚

霜月秋介さん、拝読しました。

自分の努力なしに不正に得たお金は結局不幸な結末になるということでしょうか。
そのことを教訓にして人生に再びチャレンジしてゆく最後に好感が持てました。
打ち出の小づちみたいなこの財布は自分の意思で、こうやって人の世を彷徨っている気がします。

17/10/29 霜月秋介

そらの珊瑚さま、コメントありがとうございます。

例えばこの話のように、思いもよらぬ臨時収入が入ると、自分の本来の経済力を忘れて、ついつい使い込んでしまう。そして金銭感覚が麻痺して、借金をしてしまう。それが人間の弱さなのでしょうね。

17/11/01 待井小雨

拝読させていただきました。
発想が面白く、またどんどん展開していく物語に引き込まれました。
最後は落ちぶれて良いラストにはならないだろうと思って読んでいたのですが、主人公が頑張ろうと決意するエンディングで良い意味で裏切られました。今度こそ自分の努力で幸せをつかんで欲しいと思います。

17/11/05 霜月秋介

待井小雨さま、コメントありがとうございます。

当初はひたすら主人公を奈落のどん底に突き落とす展開を考えましたが、あまりに主人公が可哀相なのでやめました(笑)

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