田中あららさん

性別 女性
将来の夢
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三徳

17/10/14 コンテスト(テーマ):第145回 時空モノガタリ文学賞 【 財布 】 コメント:0件 田中あらら 閲覧数:142

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 この家に育った三枝子は、敷地の片隅に建つ土蔵にはなんども入ったことがある。入口の扉を開けると、色のあせた漆喰塗りの土間がある。土間の先は一段高くなっており、引き戸の手前にねずみ返しがついている。ねずみ返しは、板を斜めに差し込みオーバーハングさせ、ねずみが中に入れないようにしたものだ。重い漆喰の引き戸を開けると、さらに鉄格子の引き戸があり、丈夫な南京錠がかけられている。蔵が建てられた時から使っている鉄製の棒鍵南京錠だ。

 三枝子はネズミ返しをまたいで中に入った。暗い電灯をつけ扉を閉めると、ひんやりとして静かだ。四方を物に囲まれると、家の歴史が一気に押し寄せた。大勢が食事をする時の調理器具や食器や大きなヤカンや急須、湯飲みのセットや膳は、当時の様子を思い出させた。
 扉の右手には急な階段があり、二階には明かり取りの小窓がついている。一辺25センチほどの四角い窓だ。奥行きは壁の厚さなのだが、30センチはあるだろう。三枝子は2階の物の多さにも圧倒された。骨董品、着物、陶器、火鉢、中身のわからない箱などで溢れていた。
「一人じゃどうにもならない」三枝子はため息をついた。

 数日後の朝、三枝子は大学生になる息子の三郎を連れて再び実家を訪れた。
「母さん、これは業者に頼むしかないよ。片っ端から持っていってもらおう」開口一番、三郎は叫んだ。
「まあ、最終的にはそうなるんだけどね。ぞんざいに扱いたくないから」
 実家を売る三枝子の心境を察し、三郎は黙った。
「とにかく、一階から始めましょ」
 とりあえず「いらないもの」「取っておくもの」「保留」の3つに分け、「できるだけ事務的に」を合言葉に、作業は進められた。保留の山が大きくなったものの1階部分を午前中に終え、午後は2階に手をつけた。
「母さん、これはなに」
「屋号入りの酒徳利。5合徳利かな。昔は量り売りだったらしいよ」あたりには墨で名前を入れた道具やからくり箱などが所狭しと置かれている。
 三郎は、時代の中に迷い込んだようなワクワク感を覚えた。
「棚の上のものを下ろしてよ」
「了解」
 三郎が棚の上のものを取ろうとした時、はらりと落ちて来たものがあった。
「なんだこれ」
 三枝子に投げてよこしたものは、絣地の紐付き巾着のようだった。紐の先には昔のお金がくくりつけられていて、生地は傷んだところが補修してあった。
「ああ、きっとこれは昔のお財布よ。母さんのおじいちゃんが持っていたのを見たことがあるわ」
「財布?あ、名前が書いてある。為三、晋三」
「為三に晋三、2代に渡って使っていたのね。あら、この古銭、和同開珎よ」
「なにそれ」
「日本で最初に作られた硬貨。こうやって、硬貨や紙幣を中に入れて、折りたたんでクルクルっと紐で巻いて、帯の下を通して上に出して止めたのね。根付の代わりに和同開珎を使ったのよ、きっと」
「なに言ってるかわかんねえけど、すげえ」
「しかし、三という数字が好きよね、この家は」
「為三、晋三、その次がおじいちゃんで敬三、お母さんは三枝子、それで俺の名前はおじいちゃんがつけた三郎かよ」
 三郎は、しばらく財布を眺めていたが、やがてスマホを取り出しなにかを調べ始めた。
「この財布ってさ、三徳っていうらしいよ。漢数字の三に道徳の徳、財布の形の名前だけど」
「そうなの?三徳ねえ。また三がつくのね」三枝子は笑った。
「ねえ、今日はもうやめない?」おもむろに三郎は作業の中断を提案した。

 翌日からの三郎の働きには目をみはるものがあった。蔵の中のものを新たに分類し直し、食器類や座布団セットなど比較的新しいものはリサイクルショップへ、古いタンスや火鉢、桐箱入りの陶器や掛け軸などは骨董品店へ、少年倶楽部の初版本などのオタクっぽいものはネットオークションで売った。着物は、着物のリフォームを趣味とする三枝子の友人がまとめて引き取った。
 三枝子は漆の膳1台、藍染の銘々皿10枚、大皿3枚、花瓶をとっておいた。普段使いにするつもりだった。三郎は、例の財布。蔵の中はきれいになった。
「手放すのは辛かったけど、スッキリした。でも三郎、そんなお財布一つでよかったの?」
「いいよ」
「随分気に入ったのね」三枝子が言うと、三郎は三徳の中から古い和紙を取り出して見せた。紙には、墨でこう書いてあった。
 『我が家の三徳とは、知恵、覚悟、慈悲を持って進むこと』
「最初は、どれも古くてかっこよくて、手放すのは勿体無いなあと思ったよ。でも蔵の中のものは、おじいちゃんたちがその時に必要なものを買ったわけで、子孫が守するためじゃない。おじいちゃんたちにも若い頃があって、自分で道を切り開いたんだろうな。だからあのメッセージは受け取ったぜ」
 三徳には「為三、晋三」の名前の下に「三郎」の名前が書き加えられていた。

 


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