1. トップページ
  2. 愛すべき愚か者たち

向本果乃子さん

性別 女性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

1

愛すべき愚か者たち

17/10/12 コンテスト(テーマ):第146回 時空モノガタリ文学賞 【 デート 】 コメント:0件 向本果乃子 閲覧数:94

この作品を評価する

脱ぎ捨てた下着を拾いながら胸が苦しくなって二度と会わないと誓う。何度も破った誓い。抱き合ってる時は泣きたいくらい幸せなのに、やっぱりこんなに苦しくなる。だからもう絶対会わない。笙にそう言ったら鼻で笑うだろうな。
「何か飲む?」
「ビール」
冷蔵庫には彼が好きだという銘柄のビールがいつも冷えてる。そういうのが駄目なんだと笙は言う。だから全部自分で飲み干してしまおう。そしてもう買わない。ビール飲めないのに?と呆れる笙の顔が浮かぶ。
「今度、どっか行かない?」
「どっかって?」
彼がベッドの上でビールを飲みながら私を見る。茶色くて柔らかい髪に今すぐ指を入れたくなる。
「どっか…映画でも食事でも」
「映画は、レンタルしてここで観た方がゆっくりできるよ」
私の好きな左目を細めて微笑みながら彼は言う。
「食事は、沙和ちゃんが作るものの方がうまいし」
彼の左手が伸びてベッド脇に立っていた私の腕を掴み隣に座らせる。細くて長い指で私の髪を撫でそのまま頭の後ろに掌を回し引き寄せてキスをする。穏やかなのに有無を言わせないそのキスで私はいつも駄目になる。そんなの俺だってできるって笙はムキになって言ってたけど絶対無理だよ、こんなキスする人他にいないもの。そうだよ、彼が私なんかとこういう時間を作ってくれることが奇跡なんだから。

一年前、大学のゼミのみんなで飲んだ日、信じられないことに彼が私を送ってくれてそのまま私を抱いた。その日からずっと映画の主人公になったみたいに幸せだったり切なかったり苦しかったり忙しい。彼はみんなの憧れだ。すらりとした姿も顔も美しく、おしゃれで頭がよくて、クールで何考えてるかわからないのに急に優しくしたりする。好きだなんて思うこともできないくらい雲の上の人だった。モデルや人妻や女子高生と色んな噂があって、彼もそれを否定しない。でもそんな彼が私なんかのために時間を作ってくれることに私は舞い上がっていた。たとえそれがいつも私の部屋で会うだけの時間でしかなくても。そんな私の話に、笙はいつも呆れたり怒ったりしながらこの一年つきあってくれた。

映画館を出ると、もう昏くなっていた。
「なんで俺がこんな予定調和の悲恋映画をみなきゃいけないんだ」
「泣いてたくせに」
「…泣いてねーよ」
私は泣いた。号泣っていうくらいに泣いた。ハンカチじゃ足りなくて笙が渡してくれたタオルまでびしょびしょにした。映画のせいにして泣きたかった。なぜかずっと苦しいだけで泣けなかったこの一年を思って。私が望むような形では決して手に入らない彼を思って。泣いて流してしまいたかった。一度くらい彼と映画を観たかったな、隣で寝ちゃってもいいから。そんな未練たらしいことを思う自分が情けなくてまた泣けた。
「ごめんね、笙。今までつきあわせちゃって」
「なんだよ急に、気持ちわりぃな」
「ほんとにごめん」
「…」
「ごめん」
「それって、俺の気持ちわかってて言ってる?」
頷く私に笙がはぁって大きな息を吐いた。
「なんだよ、俺ほんとに馬鹿みたいじゃん。ならもう遠慮しないで言うけど、あんな男でも沙和が好きなら諦めようと思ったんだ。俺だって案外モテるんだからな、他の子に行こうと思えばいけるくらいに」
「わかってる」
「だけどおまえ全然幸せそうじゃねーし、そんな顔されてたら踏ん切りつかないだろ。なのにあいつの話ばっかするし。俺だって誘惑に負けることもあるからな」
「え?」
「男なんだからしょうがねえだろ」
「なにそれ」
「うるさい、おまえが悪い!もういいから、これからは俺とだけ会え!俺とだけ映画見て好きなだけ泣け!俺とだけ飯食いに行って食いたいもの食え!」
「やだよ」
「は?」
「友達とも会いたい」
いつの間にか笑ってる私。
「男の話だろうが!もういい、飯行くぞっ」
そう言って差し出された笙の手にためらう。掴んでいいのかな。笙の気持ちにずっと甘えてきた未練だらけのずるい私が。
いつか笙が言った言葉を思い出す。
「こんな私とか私なんかとか、自分を卑下する言い方やめろ。そんなおまえのこと好きになった男がかわいそうだろ」
彼より笙と過ごした時間のほうがずっと長い。映画にも食事にも飲みにもライブにもカラオケにも海にも行った。私がよく飲むジントニックを笙も好きになった。笙がインディーズの頃から好きなRADWIMPSに私もはまった。焼き肉では二人ともホルモンが好きだから誰と行くより気兼ねなく頼めた。笙の口調は照れ隠しのために乱暴だけど本当はいつも優しい。全部わかってたのに、それでも彼が好きだった。
「ったくしょうがねえな」と私の手を取りぐっと握った笙の手は大きくてごつい。
「痛いよ」
「うるせっ」
言葉とは裏腹に優しく手を組み直す。あったかい気持ちが沸き上がってくる。私たちは、賑やかな人混みの中へ歩き出す。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン
アドセンス