瀧上ルーシーさん

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性別 男性
将来の夢 プロ作家になること。
座右の銘 犬も歩けば棒に当たる。

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母校

17/10/11 コンテスト(テーマ):第146回 時空モノガタリ文学賞 【 デート 】 コメント:0件 瀧上ルーシー 閲覧数:232

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 恋人の陽子とバイクに二人乗りして海まで出かけようとしていた。
 お喋りな彼女は俺の後ろに乗って、聞えるように怒鳴ったり耳元で囁いたりする。大好き、と耳元に愛情表現をされた。それくらいの言葉では驚かないが、身体の中心が温かくなったような気がした。
 冬にバイクに乗るのは寒い。俺も陽子もダウンジャケットに皮の手袋までした格好だ。
 海は陽子が好きな場所だ。夏になれば毎週のように泳ぎに行くし、今のような冬でも波の音を聴きに行く。俺は後ろの陽子に、海の音って寂しくないか? と聞いた。すると彼女は、少し寂しいけど生命の音がするよ、と答えた。言われてみればそんな音のような気もする。
 そうして田舎の道路をしばらく走ると潮のにおいがただよう海に着いた。浜辺のすぐ近くに駐車する。ヘルメットを脱ぐと陽子の長い黒髪が風で広がった。身体は細く化粧は薄く、目は切れ長だ。世界で一番美しいと思う女の姿だった。
 俺のバイクはビッグスクーターなのでメットインが広い。そこからコンビニで買った弁当を取りだして、二人で砂浜にレジャーシートを敷いて食べた。俺はさっさと幕の内弁当を食べ終わったのだが、陽子は寄せては返す波を見つめるだけで弁当に手をつけていなかった。
 メシ食わないのか? と聞くと陽子は悲しそうに言う、食欲がひっこんじゃった。じゃあ俺が食う、そう言って俺は陽子の分の弁当も食べた。弁当というかコンビニのおにぎり二個にお茶が入ったマグボトルだ。陽子は倹約家でこういうところが頼もしい。
 それから何時間も海を二人で眺めていた。陽子が違う所へ行こうかと言うのでスクーターに乗り地元のショッピングモールを目指した。
 その途中で、俺と陽子が卒業した高校の近くを通った。高校観に行かない? と後ろで陽子が言うので、それもいいと思い、俺と彼女は母校の駐輪所にバイクを駐め事務室まで行った。今日は日曜日なので敷地内でまだ制服姿の生徒を見ていない。俺と陽子の頃はセーラー服と学ランが制服だったが、今はどうなのだろうか。事務員と話をつけると、校舎の中を見学していいと許可された。
 校舎の中は多少は改装工事がされているらしかったが、殆ど俺達が卒業した時と変らない見た目をしている。俺達がよく利用した購買も食堂もほぼ昔のままだった。気のせいかもしれないが汚れが目立つようになったかもしれない。
 陽子が在籍していた吹奏楽部のフィールドである音楽室の前に行くと、日曜日なのに男女達が練習をしていた。透明な窓から見える生徒達の制服は、俺達の頃とは変っていて男子も女子もブレザーにネクタイ姿だった。
 ピアノや管楽器の音を楽しむと、俺と陽子はさらに校舎内をまわった。俺が陽子に告白した一年C組の教室は綺麗に改装されていてエアコンもついていた。どこの教室もそうなのだろうが、机と椅子も近代的なデザインの物に変っている。陽子は小声で少し寂しいね……と言った。俺は無言で昔の高校生活を噛みしめた。陽子に告白したときは断られたら恥ずかしいとも考えないで友達と昼食を食べていた彼女にチャンスでもなんでもないのにチャンスだと思い込んで告白してしまった。そしてその告白は成功して俺と陽子は恋人同士になった。
 本当にそんなことはしないが、できることなら俺が告白したとき陽子が座っていた椅子や机を学校の中から見つけ出して、彫刻刀でメッセージを彫りたくなった。
 陽子は俺の名前を呼んで、変らないね、と言った。そうかな? そうだよ、陽子からすると俺は高校生の頃と変らないらしい。外見は若い方がいいのだろうが、陽子が内面のことを言っているのなら、恥ずべきことだった。俺は、お前の方が変ってないだろ、と言い返した。
 もう十分に観てまわったのだが、俺達は最後に屋上へと行った。そこは俺達が高校生だった頃とはかなり違っていて、赤錆などどこにも見えないし至る所にベンチが設置されていた。これなら当時屋上で昼食を食べたいときの必需品のレジャーシートがなくても昼食が食べられる。今のここの生徒が羨ましいと同時に陽子が持ってきたシートの上でよく弁当を食べたなあと俺は昔を懐かしんだ。俺達は母校を後にした。

 その場所では寂しげな風が吹いていた。現実への帰還を告げてくれる寒風の音が聞える。
 いつの間にか俺は一人になっていた。いつの間にかというか最初からわかっていた。スクーターの後ろには誰も乗っていないし食事も最初から自分が多めに食べたかったので二人分にも見える量買っただけだった。
 墓掃除などしない。来たいときに来るだけだ。
 陽子はとうの昔に亡くなっている。今は墓の中に彼女の名残が存在するだけだ。
 俺ももう六十歳間際だ。新しい恋人を探すのが無理でも終末に向けてもっと楽しいことをするべきだ。
 でも俺は例え死んでも陽子のことを永遠に忘れないだろう。


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