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むねすけさん

ブログで創作をやっていましたが、誰にも相手にしてもらえないため、こちらに辿り着きました。 面白い物語、少しほっとしてもらえるようなお話を書きたいと思っています。

性別 男性
将来の夢 作家になりたいですが、 それが無理でも、何かの原案家とか、 自分の考えた物語が世に出ること。
座右の銘 我思う、故に我在り。

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起きた事件だけが呼ぶ

17/10/09 コンテスト(テーマ):第144回 時空モノガタリ文学賞 【 事件 】 コメント:0件 むねすけ 閲覧数:210

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 深夜の取調室にカタカタと埃まみれの扇風機が小刻みに揺れていた。
 不衛生だなと、通された男は思った。埃ってやつは毎日追い出してやらないとね。追いかけっこに勝つのが警察の仕事でしょう。スタンドライトが点けっぱなしで尋問の武器のためなんだなと、男は刑事ドラマの登場人物になれた気分だった。これから始まる取り調べ、自分の明るくはない未来に抗うこともなく、弁護士呼ぶまでなにも喋らんと、作中キャラのセリフをなぞることもしなかったのは、男が安堵していたせいだ。
 男はこうなることを望んでいた。自分が含まれている暗闇から、誰かが救いだしてくれることを永いこと待っていた。閉じ込められた暗闇のルーティン。咥え込んでしまった自分の尻尾は、喉の奥で消化がスタートしていた。自分の肉体が輪になっている。男は毎日を、自分の犯す犯罪行為の中で補完されながら、救いを求め続けていた。

 ダブルのスーツに正義感をぶら下げて、ハンチングに犯人の呪詛を吸い込ませて、積年の刑事人生を貫いてきたベテラン刑事と、ホームレス街に潜入捜査中かと見紛う汚らしいカッコウで正義に泥酔した若手刑事が、深夜の取調室に談笑しながら入ってくる。
 瞬間、男は違和感を感じとる。安堵感で保持していたはずの今夜のイニシアチブを、奪われたような気になる。しかし、待て待て。ここは刑事さんのホームなんだ。自分の優位に事が進まなくて当たり前じゃないか。男は、笑ってみせた。刑事二人の和やかな輪に、加わる意思をみせたかった。
 ベテラン刑事が男の向かいの椅子にゆっくりと腰を下ろす。若手刑事は閉じたドアに背中をもたせかける。
「坂本さんだね?」
 ベテラン刑事の第一声が、男の不安感をさらに煽った。なんだ? どうして、フルネームで凄んでこない。眉間のしわはどうした? 男は笑顔を保てない。
「はい。坂本慶介に間違いありません。刑事さん」
 模倣してしまった刑事ドラマの作中ゼリフ。男は訪れたはずの救いに見放されることを恐れていたのだ。空々しく響いた自分の声に、心臓を掴まれながら、それでも男はすがりつく。
 しかし。
「はっはっは。坂本さん。どうぞ、力を抜いてください。なんと聞かされました? 谷本のやつ大分脅かしたのかな」
 男の願いはベテラン刑事の親し気な言葉と態度で砕けて消えた。これから先、男にできることは、やってきた救いに身をおもねることではない。自ら救いを請うこと。
「いやその、詳しいことは何も、谷本さんから、何も聞いてはいないんですが」
「そうなんですね。なら坂本さん。そんなにかしこまらないでください。どうぞ、お楽になさって。我々はあなたを逮捕しません。尋問もしません。我々は坂本さんに協力をお願いしたいんだ。そのためにご足労おかけしたんですよ」
 男は、光と闇を思う。
 光の中で生きる輩はどうしてそんなにも、闇の中で蠢く生き物に不寛容なんだ。男は、諦めない。ようやく闇の外に出られるかもしれないんだ。自分だって、元々はそちらの生き物だったんだ。仲間だったんだ。
「どういうことですか!!」
 男の震える怒声は、刑事二人の微笑みによって黙殺される。
「坂本さん、あなたの商売の話なんだがね」
 ベテラン刑事は父兄参観の父親のような大らかさと不感心さで、男に語る。
「詳しくは言えないんですけど、重要な証拠品になるんです。客として購入をと思いましたがね、ソールドアウトだったから。こうしてご足労願ったわけですよ。その商品さえ提供してくれれば、我々としては、酷い言い方に聞こえたらごめんなさい。坂本さんにそれ以上関わるつもりはないんです」
 若手刑事は頷いている。
 男は、泣いて懇願する。今日、今、この瞬間に射し込んだ光を、どうか、奪わないで。と、いないはずの神に叫んだ。
「待ってください。お願いです。僕は、僕は、犯罪者じゃないんですか? 刑事さん。僕は今日、逮捕されに来たんです。あなたたちに、闇の生活から救いだしてもらいたいんです。僕は、異常だ。普通じゃない。狂ってる。ねぇ、刑事さん。助けてくださいよ」

 男の闇への入り口は、光のふりしてやってきた。
 男が聞いた落語の終わり、「タクシーで帰るわぁ」その声は、録音される身構えのない声。男は次に人の声が音に溶けたラジオ番組に熱中する。そして、エスカレートする男の、声への執着は犯罪の域へとするり。男はあらゆる場所で、録音される身構えのない声を採集し、インターネットの片隅で販売したのだ。
 2017年、9月23日、都内、割烹料理屋、政治的密会。2万5千円。
 その証拠品音声。警察が求めていたのは、それだけ。光も闇も、刑事たちの目にはもう、区別はない。
「証拠品の提供をよろしくお願いしますね」
 ベテラン刑事の冷酷な言葉に、男は俯いて、軽く舌を噛んだ。


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