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藤光さん

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小心者の性(さが)

17/10/09 コンテスト(テーマ):第145回 時空モノガタリ文学賞 【 財布 】 コメント:0件 藤光 閲覧数:138

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 買ってもらったばかりの長財布。ファスナーのついた小銭入れに硬貨は一枚もなかった。
 ――嘘だろ。
 給料日前の金曜日。薄くなった財布を見ると寂しい思いをするのは毎月のこととして、そこからお金がなくなったとなると話が変わってくる。
「抜いた?」
「抜くわけないでしょ」
 ネクタイを締め、スーツの上着に袖を通しながら、妻にそれとなく訊いてみたが、馬鹿にするなと言わんばかりに否定された。そりゃ、そうだ。妻はケチ……もとい、倹約家だが黙ってお金を抜くような人間ではない。
「どうしたの。お金、なくなったの?」
「あるよあるよ、大丈夫」
 逆に尋ねられてあわてて取り繕う。朝から『せっかく財布を買ってあげたのに、無駄遣いするからよ』なんて嫌味は聞かされたくない。が、お金はない。確か千円札でジュースを買ったおつり、九百円近くが小銭入れに残っていたはずだ。
 会社へは、定期券で通勤できるので問題ないが、困るのは昼食だ。「弁当を作ってくれ」なんて言おうものなら、なんでお小遣いで買わないの? とやぶ蛇になりかねない。仕方がないので不安を抱えながら出勤したのだが……。

 昼休みを知らせるチャイムが鳴り、やおら取り出した財布にお金は一円も入ってなかった。朝のは何かの見間違いかもと期待していたのだが、ぼくの認知能力に異状はなかったようだ。
 未練がましく小銭入れの底を矯めつ眇めつしていると、星の印が刻印されているのに気がついた。
 なんだこれ。ブランドマークと違うぞと思いながら指でなぞると、突然、持っていた財布がぐんぐんと大きくなってきた。それともぼくが小さくなっているのだろうか。いずれにしろ、ぼくは大きく口を開けた小銭入れの中へ転がり落ちていった。

 財布の中には、地面も空も分からぬくらいに大小様々な大きさや長さの配管が張り巡らされ、――それも新しいのやら古いのやら、塩ビのやら鉄管のやらで――、埋め尽くされていた。ぼくの足元も赤錆の浮いた太い鉄管で、脆くなって崩れ落ちそうだった。
「あんた危ねえぞ」
 その声に下を見ると、配管の間で、紺地に大きく星印が染め抜かれた法被に黒の股引、白鉢巻の男がひとり、忙しそうに立ち働いていた。
 驚いて踏ん張った拍子に、錆びた配管を踏み抜いた。すると、足元の裂けた配管から、蒸気と紙切れが勢いよく噴き出してきて、何十枚もぼくの顔に当たった。そのうちの一枚を引き剥がすと……。
「千円札?」
 飛び出してきたのは千円紙幣だった。
「大丈夫かい」
 するする身軽に配管をよじ登ってきた法被の男は、破れた鉄管に繋がるバルブを、きゅきゅっと手早く閉じた。いったい何してるんだと男に訊くと、世の中のお金の流れを決めているのだという。
「金は天下の回りものっていうだろ」
 ここでは硬貨や紙幣が流れる配管を繋いだり、外したり、バルブを開けたり、閉めたりして、世界中のどこの誰の財布にどれだけお金を回すのかを決めているらしい。ここから伸びる配管は、あらゆる人のすべての財布に繋がってお金を送り込んだり、吸い取ったりするらしい。
「吸い取ってる?」
 ぼくの財布からいつの間にかお金がなくなっていたことを訴えると、法被の男は頭を掻いて謝った。
「すまねえ。そりゃきっと、おいらの配管間違いだ。ほんとなら億万長者の財布に繋ぐはずの配管を、あんたの財布に繋いじまったに違いねえ」
 なるほど桁外れの大金持ちなら、少々財布が軽くなったところで気づかないかもしれない。「すぐ直すよ」男はひょいと配管を渡っていって、ぼくの財布に繋がる太い『排金用』配管を取り外し、逆に『給金用』を設置した。
「これで元どおりになるはずさ」
 じゃあなと言い残して、法被の男は来た時と同じように、素軽く林立する配管の列を奥の方へ見えなくなった。彼の仕事は忙しそうだ。
 よく見ると財布に繋がっている配管は、『給金用』が一本と『排金用』が二本だ。道理で入るお金より出ていくお金が多いわけだ。
 ここは思案のしどころだぞ。法被の男が戻るまでに、ぼくの財布に『給金用』の配管を増設したらどうだろう……。
 
 ふと気づいてみると、ぼくは財布を手に社員食堂の前に立っていて、小銭入れを覗き込んでいた。
 ――八百六十円。
 財布にお金が戻ってきてる……と考えるより、今まで財布からお金がなくなったと考えてたぼくがどうにかしていたのだ。その証拠に、小銭入れに星印などついていない。理由はともかく、給料日前の危機は脱した。今日は給与振込日なのだ。
 ところが帰宅後、妻が「今月もお疲れ様でした。お小遣い入れておくわね」と、ぼくの財布に来月分のお小遣いを入れようとして、その手が止まった。

「どうして三万円も入ってるのよ!」

 小心者のぼくは、どうせ妻に回収されるならもっと配管を増設すればよかったと後悔した。


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