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要崎紫月さん

『精神攻撃系お耽美ホラー』と銘打ち、短編を書いています

性別 女性
将来の夢
座右の銘 一生懸命

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来世で逢いましょう

17/10/09 コンテスト(テーマ):第144回 時空モノガタリ文学賞 【 事件 】 コメント:0件 要崎紫月 閲覧数:103

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 暗く長い、出口の無いトンネルにいる様な入院生活から、私は元の生活に戻る事が出来た。年齢も年齢だ、このままベッドの上で生涯を終えると思っていた。神からのギフトを受け取りながらも妻の亡き今、自宅に戻っても一人きりだった。
 退院から二日程して一人の若い女性が私を訪ねてきた。彼女は薄いブルーのワンピースに白いカーディガンを羽織り、つばの広い帽子を被っていた。それは真夏の外気の中で、涼やかな風を纏っているかの様であった。
 彼女とは数度会った事があった。その頃はまだ幼い少女であったが、面影を残しながら美しく成長していた。
 聞けば、高校を卒業したものの進学も就職もせず、親元にいるとのこと。私の顔を見に来たのかと尋ねると、これから此処に住まわせて欲しい、と彼女は言った。普段使いの鞄にしてはいささか大きいとは思ったが、手で運べるだけの荷物を持ってきたのだった。
 親に言われて来たのか、と聞くと、首を横に振った。おそらく家に居づらかったのだろう。空いている部屋は幾つもある。いずれ彼女も家を出て自活せねばならない。もう先の短い私にその手助けが出来るのならば、私の人生において最大の奉仕となるだろう。
 誰とも生活を共にするつもりは無かったが、全く不安が無かった訳ではない。私としても渡りに船だ。それ以来、彼女は私の家に住み始めた。
 彼女は慣れないながらも、献身的に私の世話をしてくれた。骨が浮き出た皺ばかりの手に彼女の柔らかな手が重なる度、不思議な程の安心感を覚えた。
 彼女の行動は制限している訳ではなかったのだが家に居る事が多かった。洗濯や掃除を終えると、料理の下拵えを始め、煮込む鍋の様子を見ながら本を読んでいた。その姿は、在りし日の妻の背中を見ている様であった。
 居間に置いてあるレコードプレーヤーの使い方を教えると気に入ったのか直ぐに覚え、家の中に軽やかなジャズが流れた。
 こんな穏やかな日々が、私の手元に戻ってくるなど夢にも思わなかった。

 冬晴れのある日、私は彼女に尋ねてみた。何かしたい事は無いのか、と。世界を旅してみたい、一呼吸置くと彼女は囁く様な声で答えた。それなら行かせてあげよう、と言うと、彼女は首を横に振った。
 翌日、古くから付き合いのある鞄屋に連絡を取った。自宅に来てもらい、品物の注文をする。長旅の荷物が十分に入る上質なトランクを。鞄屋の主人が、完成までしばらく時間が掛かる、と言ったが、それは承知の事だった。
 承知しながらも私は完成の連絡を心待ちにしていた。しかし、相反する様に私の身体は緩やかに力を失っていった。そして時折、彼女の名を間違えて呼び、困らせていた。
 清潔なシーツが用意されたベッドで寝起きをし、掃除の行き届いた部屋でどこか懐かしい味のする温かな食事を口に運ぶ度、私は思った。遅かれ早かれこの生活も終わり、彼女もまた誰かの元へ嫁いでしまうのだろう、と。
 それは悲しみや寂しさとは違う感情であったが、正体は分からなかった。
 庭の花々が咲き始めた頃、無事にトランクが完成し、彼女の部屋に運び込んでもらう。大きく、豪奢なトランク。何も言わず苦笑いする彼女を見ると、しばらくは家具の一部となるだろう。
 その予想通り、彼女は旅に出る事は無かった。
 私は相変わらず彼女の名を間違えていた。
 少しの介助は必要だとしても日常生活は問題無いのに、何故か名だけ間違えてしまう私はもう、自分が思う以上に彼女と妻の見分けがついていないのかもしれなかった。

 彼女が私の妻であったら……

 雨のよく降るある夜、この頃よく眠れない、と言う彼女に私の常用している薬を分けてやった。様子を見に行くと、彼女はぐっすりと眠っていた。思い返すと、少し量が多かったかもしれない。
 私は彼女をベッドから下ろし、引き摺る様にしてトランクまで運ぶ。そして蓋を開けて渾身の力でその中に彼女を詰める。
 私に残された時間は少ない。だが、彼女はこれからも生き続ける。
 このトランクが私達を新しい未来へと運ぶ方舟となるだろう。
「良い旅を」
 私は蓋を閉め、鍵を掛けた。

 振り続く雨の音に混じって彼女の部屋から重く硬質な音が聞こえた。それに叫び声の様な音が重なる。こもっていて何を言っているのか上手く聞き取れなかった。
 だがきっと、こう言っているのだろう。
 愛している、と。

 だから、こんな写真を見せられても私には何も分からない。豪奢なトランクに白骨。それはうずくまる様な格好で長方形の枠の中に収まっていた。気鋭の新人が作った芸術作品か何かではないか、と私は思った。眉間に皺を寄せた若造が、しきりに私を責め立てる。

 あの娘は、妻に似てとても美しい娘だった。
 あの娘は、妻に似ず優しく私に語り掛けてくれた。

 何故、私達は血が繋がっているのだろう。


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