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佐川恭一さん

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性別 男性
将来の夢 ノーベル文学賞受賞
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刑事ハワード

17/10/09 コンテスト(テーマ):第144回 時空モノガタリ文学賞 【 事件 】 コメント:0件 佐川恭一 閲覧数:133

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 事件が起きたのは2021年11月27日午前9時11分のことだった。事件は突然に起きた。そのときのことをスズキは鮮明に覚えているという。
「あの日はひどい嵐でした。暴風警報とかが出ていました」
「なるほど」
 刑事のハワードが神妙に頷き、手帳にメモを走らせた。ハワードのペンは一万円から三万円のあいだぐらいのブランドものの高級ペンである。
「暴風警報とかが出ると、娘を保育所から連れて帰らないといけないんですよ。それが保育所のルールなんですね。それでぼくはすでにそのとき職場について仕事を始めていました」
「なるほど、もう仕事は始められていた?」
 鈴木は少し考えた。あごに手をやり、短く生えそろっているヒゲをなでる。これが考えごとをするときの癖なのだろうとハワードは思った。
「始めていた、と思います。私は八時に職場について、ひととおり新聞を読むんですよ。四紙に目を通しますね」
「四紙」
 ハワードは驚いて目を見開いた。ハワードは新聞をとったことがあるが、とてもではないが毎日毎日読んでいられないと挫折し、いまではネットニュースしか読んでいないのだ。
「四紙というのは、八時に席につかれて、どれくらいの時間で読まれるのですか」
「始業が八時半ですので、だいたいそれまでに読んでしまいますね」
 ハワードは頭がくらくらした。自分は一紙読むだけでも三時間はかかったというのに、四紙を三十分で読むなどということが、果たして人間に可能だろうか?
「それは隅々まで目を通されるのですか」
 スズキは不思議そうな顔をして、しかしあごヒゲにはさわらずに言った。
「当然ですよ。ぜんぶ読まないともったいないじゃないですか、自分でお金を払って取っているんですから」
「しかし、四紙を三十分というのは……」
「もちろん、読みの強弱はありますよ。どうでもいい記事はななめ読みします。まあ、ぼくは速読を習っていたので、ふつうの人よりは読むのが速いですけどね」
 ハワードはそれで合点がいった。なるほど、速読をやっていたのか。それなら三十分で新聞を四紙読むことも、不可能ではないかもしれない。
「そういえば、あのとき、波浪警報とかも出ていたかもしれません」
「波浪警報」
 ハワードは波浪警報を気にしたことがない。住んでいるのは沿岸部ではないし、別に沿岸部とかに行かないからである。むかし魚釣りが趣味の警部が「やべ、波浪警報出た」と言っているのを聞いたことがある。
「警部殿は波浪警報までチェックされるのでありますか」と聞くと、警部は言ったものだった。
「ああ、私は釣りが趣味でね、波浪警報が出てさえいなければ釣りに行くというぐらい、とにかく釣りたいんだよ」
「大雨警報とか、暴風警報の場合はどうなのでありますか」
「そのくらいなら関係ないね。波浪警報とか津波警報とかがやばいね」
「そうなのでありますか」
「そうだね」
 警部は変わっているな、とそのとき私は思った。警部は有名大卒のキャリア組で、私はノンキャリアだから、それで理解できないのかなと思ったが、ほかのキャリア組に聞いてみると、「いや、大雨警報で釣りとか、あほやん」と言っていた。「そんなん、自殺行為やん」
 スズキはそこで煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出して続けた。
「まあ、とにかく九時には暴風警報のせいで、保育所から呼び出しがかかったんですよ。すぐに迎えに来て下さいって。でも、まだ仕事が始まって三十分だったので帰りにくい空気がすごかった」
「わかります」
 これはハワードにも経験のあることだった。仕事が始まって三十分ではなかったが、一時間ぐらいでめまいに襲われて倒れたことがあるのだ。「具合が悪いので帰ります」そう言ったときの同僚たちの顔はいまでも忘れられない。
「そういうわけで私はその日、9時11分の時点では猛烈に自転車をこいでいました」
「嵐のなかを自転車で?」
「ええ、私は普段から自転車で通勤していますし、まだ雨は降っていませんでしたから。そうして風に逆らってペダルを漕いでいる途中で事件が起きたのです」
「わかりました、ご協力ありがとうございました」
 ハワードはこうしてスズキの家をあとにした。まっすぐ職場へ帰る気にならなかったので、ラーメン屋に立ち寄ってとんこつラーメンを注文した。ラーメンを待ちながら、ハワードは事件のことを考えていた。スズキは今回の事件の犯人に間違いないだろう、そしてこの世のすべてのできごとは事件であり、誰もが何らかの凶悪犯なのだ。法の枠は人間の勝手なさだめにすぎない――「とんこつラーメン一丁!」店員が勢いよくラーメンを置き、飛び散った汁がハワードのめがねを汚した。ハワードは心のなかで店員を撃ち殺す想像をした。


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