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宮下 倖さん

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事件はそこでも起きている

17/10/09 コンテスト(テーマ):第144回 時空モノガタリ文学賞 【 事件 】 コメント:0件 宮下 倖 閲覧数:87

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 年季入ってるっすね、と感心したような呆れたような声が大泉の上から降ってきた。
 顔を上げると、横を一度行き過ぎた相葉が二歩ほど戻り大泉のデスクの上を指さしている。その先には、色が抜け、よれよれになったデニムのペンケースがあった。
 サイドについた大きめのタグに「5-1おおいずみたかし」と書いてあるのを目敏く見つけた相葉は大仰にのけ反った。
「まじっすか大泉さん! それ小学生のときのやつっすか? 物持ち良すぎでしょ!」
「いいだろ。使いやすいんだよ。俺は文房具にはちょっとうるさいの」
 え〜? と胡散臭そうに眉根をよせる相葉に、大泉はふんと鼻を鳴らした。
「文房具界では常に事件が起こっている。進化という事件がな!」
「えー? たとえば?」
「ロケットだな」
「あ、ロケット! 事件っすね、アラート怖いし……え、あれ文房具じゃないでしょ」
「ばかだな。ロケットって言ったらロケットえんぴつだろうが」
 大泉はぐっと拳を固めた。
「あれは大事件だった。えんぴつの先が丸くなってもえんぴつ削りが要らないんだ。芯がついた軸を上から抜いて下に刺す。そうすりゃ新しい尖った芯が出てくる。次から次だ。ワンダホーだ!」
「うまくイメージできないんすけど、シャーペンじゃダメなんすか?」
「シャーペンなんかない時代なんだよ!」
 四十代も後半にかかろうかという大泉に二十代半ばの相葉では話が噛み合うわけもない。それでも相葉は「文房具の進化が事件」という大泉になんとかついて行こうとする。
「あ、オレ的には文房具はフリクションが事件っすね! ボールペンなのに消せる! 間違えても安心!」
 目を輝かせる相葉に、大泉は溜息をつきながら大げさに首を振った。
「ああ……たしかに事件だ。緊張感を削ぐという大事件だ!」
「緊張感なんてないほうがいいじゃないですか。いくらでも書き直しができるんですよ。気楽に書類が書けるんですよ」
 大泉は「わかってないな」というように鼻を鳴らした。
「たとえば入学願書、たとえば履歴書、たとえば婚姻届……人生には書き直しが許されない書類がごまんとあるだろう? 息を詰め、震える指先を叱りつけ、一画一画に魂を込める書類が! 命を宿す如く書き上げるべき書類が修正可とか、何たる怠慢! 恐るべき事件!」
「ええ〜、大泉さんめんどくさい……」
 相葉はそう言いながらも、文房具について熱く語る様子に興味を引かれたのか、大泉のデスクの隣の空席に腰を下ろした。話を聞く体勢になった相葉に気をよくし、大泉はぐっと身を乗り出した。
「まあそうは言っても、たしかにフリクションは事件だ。いろんな意味で、という注釈がつくがな。そのほか……ん〜、消しゴムに関して言えばカドケシやペン型のやつは事件だったし、スティックのりの出現には言葉を失ったな。修正テープもヤバかったし、ペンみたいに収納できるハサミにも心が震えた……」
「わりと俺が生まれたときからあるやつっすね〜」
「それまで使ってたもんがある日いきなり進化した形で現れる……その感動を味わえないってのは人生何割か損してるぞ」
「なんで文房具でいきなり話が人生レベルになるんすか〜」
 相葉は吹き出し、ツボに入ったのかしばらく肩を震わせて笑っていたが、ふと顔を上げ「そういえば」と大泉を見た。
「針のないホチキスは、すげえと思いました。こういう発想があるのか、って」
 その言葉を聞いた大泉は我が意を得たりとばかり手を叩いた。
「そうだろ! 文房具の進化に感動するだろ! あれのおかげで書類シュレッダーにかけるときに針外さなくてよくなったんだよ。人生の時間何割か得してるよ」
「え? 外してたんすか? うちのシュレッダー、ホチキスの針対応機種ですよ。ていうか、針ついたままでも古紙再生に支障ないっすよ」
「そうなのか? じ、事件だな……それは……」
「大泉さん〜、文房具にはうるさいんじゃなかったんですか〜?」
「シュレッダーは文房具じゃねえよ」
「ホチキスの針は文房具でしょ」
 相葉は笑いながら立ち上がり、「話、おもしろかったっす」と手を振って去っていった。
 小さいけれど大きな変化。事件はデスクでも起きている。
 もちろん変わらないものを愛する心もある。大泉は手になじんだペンケースをそっと撫でた。

 その翌週の会社の飲み会で、相葉が同僚相手に熱く延々とソフトリングノートの素晴らしさを語り「文房具オタク」の称号を得るのはまた別の話である。


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