鬼風神GOさん

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生活

17/10/09 コンテスト(テーマ):第145回 時空モノガタリ文学賞 【 財布 】 コメント:3件 鬼風神GO 閲覧数:192

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 わたしは夫の財布を開いた。
 悪事を働いているわけではない。ただの日課だ。
 共働きで、夫は繁忙期は終電で帰ってくる日も少なくない。わたしも朝が早いので夫が寝ている間に身支度して出勤する。
 弁当を作ってやる暇もなく、休みの日にネットで見つけたおいしそうな料理を二人で協力して作るぐらいだ。
 五年前の誕生日にプレゼントした、外国で出会った優しいおじさんみたいな名前の、赤や緑、橙の鮮やかなラインが入った長財布を開き、千円を入れた。夫の小遣いは月三万円ということだ。
 月の初めにでも一気に三万円渡せばいいのではないかという批判もあるだろう。おっしゃる通り。
 夫は先日の後輩がいる前で見栄を張っちゃった事件≠ナ大枚をはたいた罰で一日に千円を渡すので、それを使うなり、貯めるなり自分で管理してというわたしなりの怒りの感情表現である。これが三度目だから苦渋の決断である。
 妻とはいえ自分以外の者に財布を触れられることことに夫は頓着がない。すれ違いの生活なのだから勝手に財布に入れといてくれ、と言われれば断る理由はなかった。
 夫はマメで、ずぼらだ。レシートはきちんと長方形に折りたたんで、コンビニはコンビニとしてまとめ、カフェのそれ、居酒屋のそれ、と分かるように入れているが、家に帰ってくると服は脱ぎっぱなしで洗濯機に入れるのをよく忘れる。
 最初はやはり抵抗があり、財布にお金を入れるだけだったが、気がつけばその日何を買ったのかレシートをチェックするようになった。今日のコンビニのレシート。お昼ご飯だ。
 2017年9月27日(水)12時17分の印字があり、こんぶだし香るきつねうどん132円、手巻きシーチキンマヨネーズ102円の合計二点で税込252円也。
 またこんな食事を。
 月のお小遣いがバランスのとれた食事をとれる金額がどうかは微妙なところだが今時のコンビニではカットされたキャベツが百円で売っていたりもする。やりようはあるはずだ。
 弁当を作ろうかと提案したが、共働きだし負担をかけたくないと、勇壮な騎士のような表情できっぱりと拒否された。後輩の飲みをおごったことで十分家計に負担はかかっているのだが。
 わたしは「たまには野菜を。キャベツ安い」とメモ書きしたものを折りたたんでカードを収納する場所にわかりやすく差しこんだ。
 なぜこんなにお金に関してシビアになっているかというとわたし達は今後の妊娠、出産に向けて貯金をしているからだ。
妊娠はしていないがそのときになってお金の心配をしたくない。

 2017年10月03日(火)13時05分の印字。
 手巻きシーチキンマヨネーズ102円×2個、キャベツスライス100円、焙煎ごまドレッシング28円。合計で税込334円。
 キャベツを買ってくれていることに思わず頬がゆるむ。とうの夫は相変わらず猫のように丸まって寝ている。

 2017年10月12日(木)23時07分の印字。
 居酒屋のレシートだが、珍しく、いや初めてたくさんのしわ≠ェ入ったレシートが入っていた。正しくはくしゃくしゃにしたものを丁寧に折りたたんで入れたようだ。もちろん受け取る際にたたまずそのままポケットに入れるとそうなるかもしれないが、今まできれいなレシートしか見ていないので何か嫌なことでもあったのか心配になる。
 わたしは夫の大好物である「とんかつの吉田屋」の特別割引券をそのレシートに挟んで家を出た。
 職場に向かう道すがら結婚して二年が経過しようとしているわたし達の生活をなんとなく振り返った。以前は五分でも時間を見つけて会話をしようと努力していた。それがあることを境に財布で未成熟なコミュニケーションをとっている。
 答えは明白だ。わたし達には子供ができないかもしれないということに向き合おうとしていないからだ。
 不妊治療の必要性があるのか、わたしと夫、どちらに必要なのか。そういったことをわたしは、もちろん夫も意識し始めている。
 その日の夜、電気もつけず、テレビの明かりだけのリビングでわたしはいつものように夫の財布を開いた。特別割引券がなくなっている。少しでも気持ちは和らいだだろうか。千円を入れようとすると少し違和感を感じた。デザインは一万円だが、「一億円札」と記載された紙があった。なんじゃこりゃ。
 裏を見るとメモができるように線がひかれている。小学生向けのバラエティ商品なのだろう。
「これで貯金しなくていいでしょ」
 ふいに声がしてわたしは変な声をあげてしまった。背後から夫のたくましい両腕がわたしを包む。
「びっくりした」
「心配かけてごめん」
「うん」
「今日はちょっと話そうか」
「うん。でももうちょっとこのままがいいな」
 両腕がより強くわたしを包み、安心させた。
「分かった」
 テレビが消され、静寂が訪れた。


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このストーリーに関するコメント

17/10/10 沓屋南実

味わい深い作品でした。

正面切って話をしたくない気持ちはよくわかります。
財布がこの夫婦の取り持ち役で、良い仕事をしていますね(笑)。

17/10/10 鬼風神GO

沓屋さん
コメントありがとうございます!面と向かって話せないとき、何かが取り持ってくれたりってことありますよね。財布がいい仕事してくれました笑

17/11/18 浅月庵

鬼風神GOさん

作品拝読させていただきました。
レシートって、その人がどんなものを
好んで食べているのかや買った時間など、
意外と情報量が多いことに気づかされました。
直接相手に話せないことも、財布を通して
徐々に二人の距離が近づいていく。
くしゃくしゃになったレシートに心配するなど、
その心の近づき方に至るまでの描写が繊細で、
思わず唸ってしまいました。
良作だと思います!

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