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夏野夕暮さん

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くだらない大事件

17/10/09 コンテスト(テーマ):第144回 時空モノガタリ文学賞 【 事件 】 コメント:0件 夏野夕暮 閲覧数:58

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 入社して六年、経理マンとして生きてきた僕だったが、あろうことか営業部門へ異動を命じられた。赤字が続く我が社にとって、営業力を高めることは急務だったそうだ。
 けれど、今さら営業だなんてまったく出来る自信が無い。入社一年目に軽く営業の仕事は教わったものの、あまりにも仕事が出来なかったがために経理に回してもらったくらいなんだ。営業の向いてなさは自分がよく知っている。
 しかし、無情にも異動の日は迫っている。
 はあ、と大きくため息をついた。僕がいきなり営業部門へと飛ばされたのは会社の嫌がらせなのだろうかとさえ思い始めている。慣れない仕事を強要させて自主退職へと追い込まれている状態なのか……? いっそのこと、転職活動も始めたほうがいいのか……?
 そんな不安な毎日を過ごしている僕に、荷物が届いた。なんだろう? 注文していた営業のハウツー本でも届いたのか?
 しかしそうではなかった。届いたのは、同窓会のお知らせと……セピア色の原稿用紙だった。そこには、汚い字で作文が書かれていた。作者は他ならぬ僕自身。『二十ねんごのぼくへ』と汚い字で書かれているところから察するに、この作文はタイムカプセルか何かに入っていたのだろうか?
 とりあえず中身を読んでみることにした。過去の僕は、未来の僕へ向けてどんな想いを馳せていたのだろう……?
『ぼくは三ねんせいになりたくないです』
 いきなり個人的な事情から切り出された。それも、進級を否定する内容だ。
『三ねんせいになったら、クラスがえがあるからです』
 そういや、小学生の頃は三年生と五年生のときにそれぞれクラス替えがあったな。あれって友達関係がけっこう変わるんだよな。当時の僕にとってはさしずめ大事件といったところだろう。
「ともだちのだいちくんとはなればなれになります。いやです。つぎのクラスがえのときには、まただいちくんと同じクラスになりたいです」
 だいちくんか……。昔、よく一緒に遊んでたっけ。結局、五年生になった時には同じクラスになるどころか、転校してどこかへ行っちゃったけど。
「さんすうはもっとむずかしくなるってききました。もうさんすうはいいです。たいくとずこーだけがいい」
 ……なんなんだこの作文。これって未来のぼくに向けて書いたものだろう? なのになんで、小学生の自分から愚痴を聞かされているような格好になっているんだ? 先生は内容を添削しなかったのか?
 それから先も、やれ給食の量が少ないだの、休み時間が短いだの、担任の先生がハゲてるだのと取り留めのない悩みばかり書かれていた。
 今の僕にとってみれば、あまりにもくだらない悩み事ばかりで笑えてきた。
 給食の量が少なかろうが死にはしないし、休み時間は昼間に一時間もあれば十分だ。担任の先生の頭髪事情についてはノーコメントとさせていただくが。
 それにクラス替えがどうとか言っているが、同じ授業を受けられないだけで、会おうと思えば休み時間にでもすぐ会えるんだ。同じ校舎の下で学んでいるのにも関わらず、まるで今生の別れのように悲嘆に暮れるとこらへんが子供だなあと思う。
 その作文は、以下の文言で終わっていた。
「それでもぼくは、どうにかまえを向いてあるいていかないといけないんだとおもいました」
 取ってつけたような言葉だ。とりあえずこう書いておけば格好がつくだろうと小賢しく考えたのだろう。
 けれど、今の僕にはなぜだか、その「前を向いて歩いていかないといけない」という一節が妙に響いた。
 小学生の頃の些末な悩み事。大人になった今となっては、悩んでいたことさえ忘れるほどに下らないことばかりだった。
 僕も……異動という大事件を迎えてこの世の終わりのような気分だったけれど……。それでさえも、二十年後の僕から見たら鼻で笑ってしまえる程度のことなのかもしれない。
 二十年前の僕が、前を向いてどうにかこうにか頑張ったんだ。その悩みの質がどうであれ。
 僕もどうにかこうにか頑張って、悩んでいたことさえ忘れられるようになりたいものだな……。
 
 ああ。下らない手紙だと思っていたのに、ずいぶんと元気づけられたようだ。
 小学生の頃。クラス替えで見知らぬ人間の中に放り込まれても、結局はなんとかなったんだ。だから業務内容が変わったところで、結局はどうにかなるさ……・
 いや、どうにかするさ。
 かつての僕が、前を向いて歩いて行けたように。


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