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牧虎さん

何か始めたくて始めました。 普段は頻繁にTwitterをやっています。 大学に行っています。飛蚊症です。 ロシアっぽいのが好きです。

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救済者のしるし

17/10/08 コンテスト(テーマ):第145回 時空モノガタリ文学賞 【 財布 】 コメント:0件 牧虎 閲覧数:78

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湿りきった空気をかき分け、201X年、9月某日の午後3時、僕は寮に戻ってきた。
モスクワ南郊では、朝から小雨が続いていた。
晴れ間のない灰色の空がロシア特有の巨大団地の重圧感を増し、日本より数か月早い冷えとともに僕を辟易させていた。
点検不良の鈍いエレベーターに焦らされ、やっと寮の最上階にある自分の部屋に着いた。
ベッドと机と椅子が二つずつ、そして大きい棚が一つしつらえられた、二人部屋だ。
同居人の姿は見当たらず、「外出します。23時までには戻ります。森」とあるメモが僕の机で留守をしていた。

僕は日本の大学生だ。坂本彬という。ロシア語を学びに、モスクワの外れにあるこの大学に9月の間だけ留学している。
まあそれは建前で、ロシアの景観、人間、生活などの諸々を見学するのが本当の目的だ。

この寮にはいま100人弱の日本人学生が暮らしていて、5人ずつ室に入っている。
室の中に2人部屋と3人部屋があって、僕は140X室の2人部屋で生活している。
同居人はフリーのルポライターを名乗る森という男だ。僕たち大学生より15年上くらい年上。
学生ではないが、どうにかして留学プログラムに参加したらしい。
ルポライターを名乗るだけあって森さんは頻繁に外出する。そのおかげかこの部屋は実質一人部屋と化していた。
だから今日のように帰ったら森さんが居ない、なんてことはざらだ。そもそも大学の授業にもあまり来ない。

そういう訳でいつものように彼の置き書きをゴミ箱に投げ入れ、買ってきた食べ物を冷蔵庫に詰め、ベッドに横たわった。
相変わらず文句を垂れるかのようにベッドが軋む。少し動くだけで目を覚ますくらい音が出るので、そもそも人間用ではないかもしれない。これも元共産主義国家だから仕方ないということだろうか。
心の中で愚痴りながら体の向きを変えると、視界の端に茶色い物体が見えた。森さんの机の下に財布が落ちていた。

なぜ財布なんか落ちてるんだ?当然、最初の反応はそうなる。
くすんだ色の革でできたジッパー式の長財布。僕のものではない。
まさかとは思ったが、携帯電話を取り出し、寝転がったまま森さんの番号へ掛けた。
4回のコールの後、繋がった。

「もしもーし、森でーす。彬君じゃん、どうしたの」相変わらず歳のわりに青年めいた口調である。
「もしもし、坂本です。森さん部屋に財布忘れてませんか」
「財布? まさか。外出するんだからちゃんと持ってるよ」
「そうですよね、でも森さんの机の下に落ちてるんですよ」
「どんな財布?」
「革製の長財布ですね。ジッパー閉じです」
「うーん、そういうのを買った覚えもないなあ。まあ帰ってから俺も見てみるよ。連絡ありがとう」
「わかりました、それでは」

森さんの物でもなければ、一体誰のものなのか。3人部屋の連中は確か今日は授業だったから連絡するのはまずい。
とりあえずもう少し見てみるか。

ベッドを降り、土のような色をしたその財布を手に取った。革が所々劣化しゴワゴワしている。
流石に中を見るのは躊躇われたので、顔に近づけて見た。目を凝らしてみると、側面に文字が書いてある。
「Д?я че?об??а ? ??????」 文字がかすれて全然読めない。
財布への興味が失せそれを森さんの机に置こうとしたとき、唐突に携帯が鳴り響いた。
あまりに唐突で少し動揺して画面を見ると、「非通知」とあった。森さんが公衆電話からかけているのだろうか。

「もしもし、坂本です。」
「У тебя бумажник?(財布を持っているか)」
「はい?」
突然投げかけられたロシア語に思考が停止した。男の声が続ける。
「Бумажник есть?(財布はあるか)」
流石に二度聞かれたら解る。僕はДа.(そうだ)と応えた。
「Поздравляю.(おめでとう)」
相手はそれだけ言い、電話を切った。

一体全体何なんだ。帰ってきたら誰のものでもない見知らぬ財布があり、突然ロシア語の電話を掛けられる。
さっきの人間は財布の持ち主だろうか。
持ち主だとしたらなぜ僕の番号を知っていたのだろうか。
大学の関係者だろうか。
なんで「おめでとう」なのか。

考えても尽きない疑問を抱え、再びベッドに横たわった。





いや、横たわろうとした瞬間、僕はいつの間にか部屋に入っていた男に頭を殴られていた。
抵抗もできず僕は倒れ、すかさず男は僕に何かの注射を打った。きっと麻酔薬だったはずだ。
遠くなる意識の中、男が財布を拾い開けるのを見た。
財布の中に沢山の領収書が見えた。それらは未署名で、品名には人体各部の名称があった。
最後に男の声が聞こえた。

「Поздравляю. Ты помогишь много челобека.」





全ては突然の、偶然の出来事だった。


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