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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで3年目に入りました。これからも勉強を重ね、たくさんの作品を書いていけるよう頑張りたいと思います。 写真を撮り、絵も描きます。こちらでupするなかで、特に記載のない画像は冬垣の作品です。 ・ツイッター https://twitter.com/fuyugaki_hinata ・時空モノガタリでもお読みいただける、拙作「渋谷スイングバイ」の動画があります。 内容は同じですが、音声読み上げ朗読、エンディング付きです。 「softalk朗読渋谷スイングバイ」  https://www.youtube.com/watch?v=6nsb8bo8Egs (=は半角に直してください)

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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歴史書に、僕たちの悲鳴は残らない

17/10/08 コンテスト(テーマ):第144回 時空モノガタリ文学賞 【 事件 】 コメント:0件 冬垣ひなた 閲覧数:196

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『あなたの秘密を知っています』
 郵便受けの手紙が告げた脅迫は、僕の17年に至る波乱の人生をさらに揺さぶるのに十分だった。


 革命により王制が崩壊し、富は市民に流れた。正確に言えばごく一部の市民に。十数年が経ち、いびつに成長した街には無数の工場が汚水と黒煙を流す。
 そんな俗世とは無縁に、白亜の館が佇む姿は異様だった。富の象徴たるこの市庁舎は、美しさとは裏腹に、今は腐敗と汚職の温床でしかない。
 夕日が差し、街に市庁舎の影が落ちる頃が約束の時間だった。指定された通り、僕は誰もいない談話室の長椅子で手紙の主を待つ。
 ……時計塔の鐘が4つ、厳かに響き渡った時、奥の扉が開いた。
「君は……」
「初めまして、オーギュスト」
 現れたのは、同じ学校の少年。確か……名前はロベール。
 直接の面識はないが、噂は知っている。
 今も子爵の地位を持つ貴族で、旧勢力に偏見を持つ校内では孤立しているのだと……。僕のように素性を隠すのは難しくないご時世に、ことさら高貴な出自を主張する彼の言動は、話に聞くだけでも常軌を逸した振る舞いだった。
「ロベール、手紙の主は君か」
「名を知って頂けているとは光栄です」
 恍惚とした笑顔で、彼は赤く色づく林檎を差し出した。
「あなたの好物だと聞いて。友好の証に」
「悪いが、僕は君に用はないんだ」
 僕は林檎を押し戻すと、長椅子を立った。
 彼の薄い眼鏡の奥に灯る、崇拝的な眼光を本能で感じ取っていた。関わってはいけない。僕は図書室を出ようとする。

「さすが王の孫ともなれば下賤の食べ物は受け取らない……か」

 人の心を苛立たせ煽動するすべを心得た物言いだ。不快だったが、僕は彼の方を振り向くしかなかった。
「いかに事実だとしても、今の僕は一市民に過ぎない」
 革命で処刑された王の血を引く孫という出自を、人前で告白するのは生まれて初めてだ。恥じ入る僕に対し、ロベールは滑らかに弁舌を振るった。
「あなたの祖父は名君だった、しかし民は、王の富が国を豊かにしていると理解できなかった。残念なことです」
 彼は小さな穴の開いた柱を撫でる。
「ここは革命前、我が一族の邸宅だった。そしてこの場所で無抵抗の私の家族が銃殺されました……市民による殺人と略奪は、歴史書には革命と呼ばれるが、我々貴族階級にとっては痛ましい事件でしかない」
 僕は生まれたときから隠れ暮らし怯えていた。革命を誇りとする市民に投石されぬように。僕とは違い、立場を主張できるロベール。彼と真っ直ぐに会話したい誘惑に、暗い急流に足を踏み入れる危うさを感じて、僕は頭を振った。
 ロベールの熱弁は続く。
「事件が歴史の肥料となるなら、まだ納得も行く。しかしどうです、今の世の中は?富む者が貧しい者から搾取し、健康な者を病むまで働かせる……この国はまるで腐った果実を量産する朽ちた樹です」
「何が言いたい、君は?」
「力を取り戻したい……そうは思いませんか?」
「馬鹿な事を言うな」
 僕は声を潜めた。
「気持ちは解るよ、ご家族の亡き霊が君にそうさせるのだとしたら気の毒に思う。しかし、どうか君の気の迷いを、僕の心の中だけに留めさせてくれないだろうか」
 僕のうろたえを無視してロベールが一歩踏み出す。
「あなたは知らなくては、ご自身の持つべき権力を。今なお王家の再興を望む貴族は多いのです、オーギュスト」
 僕が止める間もなかった。
 ロベールは鞄から林檎の代わりに、鈍く光る物を取り出す。

「例えば、あなたの受け取らなかった新鮮な林檎が……」

 彼の手に握られた、僕の拒絶の意思。
 パンッと、耳を突き刺す乾いた音。
 飛散する窓ガラス。
 透明な残響。
 けたたましい警報の音。

「ほら、凶器に生まれ変わる」

 ロベールはもう一度拳銃を窓に向け撃った。
 ガラスの破片が、壊された平穏を照らし乱反射する……。
 異変に気付いた職員に催涙スプレーを噴きつけ、ロベールは僕の腕をつかんで逃走する。悲鳴と怒声。混乱する市庁舎を飛び出した僕たちを、血のような夕日が包み込んだ。

「反革命の始まりだ、我が君」

 立ち止まった彼は僕を解放し、礼節をもってひざまずく。
 そして警官が包囲する中、ロベールは拳銃を捨てた。
 自らの役目を終えたように。

 僕は全てを悟った。
 彼が市庁舎を襲ったのは僕を表舞台に出すため。
 拉致未遂に遭った僕が、居ないはずの王族として国中に知れ渡れば、革命で奪った権力に揺り戻しがくる。僕という追い風を得た貴族勢力は武器を取り、数えきれない残酷な事件が市民を襲うだろう……。
 

 幻想の栄光を信じて笑う、哀れなロベールが警官に連行されてゆく。
 友情の握手を交わしたなら結末は違ったろうか?
 後悔は嗚咽に変わるが、僕はそれを押し殺すことしか出来なかった。


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