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本宮晃樹さん

ふつうにサラリーマンをしております。 春夏秋冬、いつでも登山のナイスガイ。 よろしくお願いします。

性別 男性
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一億総出歯亀社会

17/10/07 コンテスト(テーマ):第144回 時空モノガタリ文学賞 【 事件 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:123

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「おい根岸」俺はデスクにふんぞり返った。「度肝を抜くようなネタをすっぱ抜いてきたんだろうな」
 やつは比喩的な意味でなく、実際に縮んだように見えた。首をすくめて、「あのう、それが実はさっぱりでして」
 盛大なため息をつきつつ、「俺たちの雑誌は――?」
「クソであります!」しゃちこばって敬礼した。ばかみたいに見えるだろうが、これがうちの合言葉なのだ。ゴシップ専門の零細雑誌社なんてこんなもんだ。
「その通り。で、そのクソが生き残るためにはどうすればいいのかな、根岸大将」
「〈捏造でもいいから特ダネをすっぱ抜け〉、であります」
「百点満点だ。ところで印刷屋へ脱稿するのはいつだっけ」
 わざとらしくスケジュール帳を取り出して、さも仕事熱心であるかのように取り繕っている。「ええと、明後日のようですね」
「先月号――ぜんぜん売れなかったパルプの無駄遣いのことだが、あれの初稿が脱稿日に間に合ったか覚えてるかね」
「見事に落としました」ぺろりと舌を出す。ぶん殴りそうになるのをなんとかこらえた。「先方に土下座して締め切りを延ばしてもらったっけ」
「明後日は明日の次だ。要するに取材は正味一日でやらにゃならん」書類で散らかったデスクに力いっぱい拳を叩きつけた。「お前は土下座するのが趣味なのか? ちがうならさっさとネタを――」
「あーもう最悪。急に降ってくるんだもん」薄汚い事務所にきつい香水の匂いが充満する。「決めた。天気予報なんて金輪際信じないから」
 根岸は不動の姿勢をとった。「森下先輩、お疲れさまです」
「コーヒー淹れて」森下女史は見た目からは考えられないほど重いハンドバッグを無造作に投げ出した。超ウラン元素が入っているというもっぱらのうわさである。
「はっ、ただいま」給湯室にすっ飛んでいく。うまいこと逃げられた。
「そっちはどうなんだ」
「こないだのネタの続きなら。聞きたい?」
「ぜひ」哀れな青年がコーヒーカップを三つ持ってきた。パズルみたいにそれらを空いたスペースにはめ込む手際には感心せざるをえない。「穂高の滑落ですよね」
 穂高岳縦走は北アルプスの最難関コースと目されており、毎年命知らずどもが平均台から転げ落ちるみたいに滑落している。尋常ならそんなこと誰も気にしないが、大学生の女どもだったために人びとの注目を集めているのだ。
「耳目を引きそうなゴシップなんだろうな、その追加情報は」
「なんと」森下はわざとらしくためを作る。いい歳したアラサーがやるんだから始末に負えない。「四人中三人が前夜に飲酒の疑いありって話なのね」
「山じゃ飲酒なんて当たり前だ。飲まないやつのほうがめずらしいくらいだぜ」
「忘れたのボス。あの娘たち未成年の大学生だったんだよ」
 意図せず口もとが緩む。「ふむ、ちょっとはましなのを持って帰ってきたようだな」
「遺族はなんと言ってるんでしたっけ」とシュガースティックを二本も投入しながら部下。
「大学側に噛みついてるのが二世帯ほど。安易にいかせるべきじゃなかったという理由でな」
「でもそれなら遺族自身にも当てはまると思うんですけど」
「ああいう理不尽なヒステリーを起こす輩のおかげで俺たちがおもしろおかしく記事を書けるんだ、感謝しなくちゃな」
 不機嫌そうに女史がカップをソーサーに叩きつけた。「まずいコーヒー」
 気まずい沈黙が訪れた。俺はちょっとだけ――ほんのちょっぴり前言を翻したい気分になったが、どうあがいたってうちの雑誌はクソなのだ。排泄物を売ってる人間が高潔なふりをするのはフェアじゃない。
「ぼくはつねづね考えてたんですが」意を決したかのように目を見開いている。「もっとみんなに知ってもらうべきニュースがあると思うんです」
「お熱い坊やだこと」彼女はけらけら笑った。
「言ってみろよ、その知ってもらうべきニュースとやらを」
「貧困にあえぐ低所得者とか」
「名案だな。俺たち自身のことなら綿密な情報が提供できるぞ」
「環境保護の重要性とか」
「プラスチック製品は貴重な資源。それを知って明日から読者が不買運動をするなら喜んであたしも記事を書くよ」
 根岸は強く目を閉じた。「あなたたちはシニカルすぎる」
「言っとくがな、センセーショナルなニュースをほしがってるのは俺たちじゃない」
 やつは口をへの字に曲げて黙っている。
「アフリカの水不足なんかより芸能人の不倫のほうが大事件なんだよ」まずい泥水をすする。「死にかけのガキは何億といるだろうが、穂高から滑落しておっ死ぬ女子大生はめずらしい。その遺族の声がでかけりゃなおおもしろい」
「一億総出歯亀社会。うんざりしますよ」
 ぽん、と肩に手を置いた。「同感だよ」

     *     *     *

 当たり前のように原稿は落ちた。根岸はまたぞろ土下座した。
 潮時だな。そう思った。


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