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ドーンヒルさん

趣味は、読書,旅行,写真です。 主に、純文学系の作品を書きます。 よろしくお願いします。

性別 男性
将来の夢
座右の銘 苦しむこともまた才能の一つである               フョードル・ドストエフスキーより

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灼け落ちた星で

17/10/06 コンテスト(テーマ):第144回 時空モノガタリ文学賞 【 事件 】 コメント:0件 ドーンヒル 閲覧数:139

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 命を終えた星のように冷めた社会で好まれたのは、数少ないエリートが叫ぶ正義ではなく、宇宙の理に習った乱雑と混沌だった。奥底で燃える感情を爆発させ、犯罪に手を染める人は増える一方だったが、被害者を除いて騒ぎ立てるのは、野次馬か、灼け落ちた正義にしがみ付くジャーナリストぐらいだった。
 司法官憲としてのキャリアに終止符を打つ日がやってきた。朝刊の事件スクープに目を通すと、流行りの誘拐ネタが取り上げられていた。家族と犯人の生々しいやり取りが克明に綴られていた。

 「お宅の息子をあずかっているのだが……」
 声の震えからして、犯人は経験が浅い。
 「条件は何ですか」
 意外にも落ち着いたトーンで話す家族。犯人に対する威圧か。
 「身代金は、一億だ」
 決まりきった文言を唱える犯人。先程よりも落ち着いてきた。
 「一億ですか……。そんなお金はありませんね」
 感情を出来る限り殺して、糸口を探る家族。何故これほど冷静でいられるのだろうか。
 「明日の夜までに用意しろ。さもないと……」
 威勢がいいのもここまで。肝心のワードが出てこない。
 「さもないと、何ですか」
 「さもないと……、殺す、かもしれない」
 犯人は、漫才師だろうか。緊張感がなさすぎる。このトーンでは間違いなく三流だ。
 「ああ、そうですか」
 家族は、誘拐ではなく、詐欺だと思って会話を楽しんでいるようだ。そう考えれば、合点がいく。
 「勝手にすればいい」
 家族は、冷たく言い放った。全てが嘘なのだから、どのように締めくくっても問題はない。嫌気がさしたのだろう。
 電話の片端では、船頭を失ったいかだ船と化していた。しびれを切らした中年男の肉声が轟いた。
 「馬鹿にするのもいい加減にしろ。こっちは本気なんだ」
 明らかに流暢だった。チームのリーダーだろうか。
 「子供の声を聞かせてやろうか」
 大きな賭けに出たものだ。家族の方が上手だとしたら、適当にたぶらかされて、全てが終わってしまう。
 「別に、どちらでもいいですよ」
 家族は、これ以上付き合えないと言わんばかりだ。遂に、会話の主導権を掌握した。
 「せっかく松虫の音を愉しんでいたというのに、すっかり台無しになりましたよ。三日月の微笑みに免じて許しますから、切りますよ」
 「ちょっと待て!」
 中年男は一呼吸置いたが、息を整えることは出来なかった。幼い子供が電灯のない田舎道を一人歩く心地に似て、恐怖と高鳴りに苛まれた。
 「本当に殺すぞ」
 中年男は、確かに銃を持っていた。家族は何ら慌てなかった。
 「本当に……、殺すぞ」
 悪夢にうなされた子供のように、威勢はとっくに消えていた。
 
 パン、パン、パン、パン、パン。
 五発の銃声が轟いた。

 誘拐、殺人事件として警察は捜査に乗り出した。一カ月後、犯人グループの拠点が発見されて、万事解決と誰もが思った。
 「最初に現場を確認した時、あまりにも不可解で言葉が出てきませんでした。男たち五人の頭に、それぞれ一発ずつ、弾丸がめり込んでいたんです」
 事件は、犯行後の集団自殺ということで一応の落着を迎えた。子供の行方を全く気にしない家族に対する疑念を抱く者もいたようだが、子供が犯行に及ぶ可能性を議論したところで何ら意味はなかった。
 今までの誘拐事案とは一線を画していることに異論はいないだろう。私は、曖昧になった真相の鍵を握るのは子供であると信じてやまないのだが、これ以上の詮索は不可能である。もう一つの真相は、読者に委ねようと思う。

 一通り読み終えて、コーヒーを啜った。喉が温もりを拒絶するように、キリキリと痛みだした。寝巻を脱いで、旭のない静けさを暫し味わった。
「すっかり細くなったな……」
 ワイシャツに袖を通し、厚めのスーツを着込んだ。胸ポケットにしまった辞表は幾度となく握られて、指跡が白地に光った。
 惰性に任せて通い慣れた道に踏み出した。

     お前もようやく堕ちたか
     正義の代償は大きかったようだな
 
 喉を突き刺さんばかりに荒ぶった朝風が、幕切れと新たな旅の始まりを告げているようだった。
 駅のホームは、遅延した列車を待つ通勤、通学客でごった返していた。
 「前を見ろ、ばかやろう!」
 「運が悪かったんだね、可哀想に」
 「見ろよ、殴られたみたいだぜ」
 気付いた頃には、頬が赤く血塗られていた。哀れみと滑稽の的になっていた。
 列車の入線を告げるアナウンスが響いた。彼方から駆けてくる列車のライトが、甚だ眩しく体を照らした。新しい旅路を示しているようだった。

 悲鳴と怒りに覆われるのに数秒とかからなかった。白封筒をしっかりと握りしめたまま、苦笑いの残った重たげな首が天高くに舞い上がった。


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