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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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じけんのかみさま

17/10/03 コンテスト(テーマ):第144回 時空モノガタリ文学賞 【 事件 】 コメント:0件 秋 ひのこ 閲覧数:92

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 ビルとビルに挟まれた小さな神社の前でスギノは足を止める。
 赤い鳥居に続く参道は短く、本殿も小ぶり。名所でも何でもない、どこにでもあるまちの神社に見えた。
 上司のヤベからこの神社の話を聞いたのは、昨夜のことだ。国内大手のA新聞社社会部でスクープを夢見る新米記者スギノは、日々の雑務と叱責で早くも心折れそうになっていた。
 そこへ記者歴20年のヤベが「事件の神様って知ってるか」と切り出したのだ。すごいんだよ。政治部のH原さん、あそこで拝んだ翌日に文科省の汚職をアテたんだ。教育部のW田はT校のいじめに切り込んで地域賞獲ったしな。かくいう俺も、F駅女子大生殺人とかJ町の大火事とか……。
 本社から神社まで歩いて1分。徹夜明けで眠気覚ましにコンビニにでも行こうと、青白くなり始めた外へ出たついでに足を向けた。
 手水舎で身を清め、賽銭箱に小銭を投げる。昨日の会話が蘇る。
『事件を起こしてくださいって拝むんですか?』 
『それじゃ聞こえが悪いだろ。スクープくださいとかでいいんだよ』
 スギノは目を閉じ、掌を合わせた。
 参拝を終え、大通りを社に向かい歩いていると、突然背後で雷のような音が耳を突き破った。振り返ると、乗用車が路面の居酒屋に頭から突っ込んで煙を上げている。
 やった、まさか、やった。スギノは夢中で携帯で写真を撮り、救急車と警察を待つのももどかしく、興奮に沸騰する頭でスマホに原稿を打ち込み始めた。

 以降、3段4段の見出しをとる事件が立て続けに起こる。
 連続通り魔。保育所で幼児が失踪。外国人による殺人。すべて、スギノが取材に関わった。
「ヤベさん、僕ちょっとコワイんすけど」
 スギノはある日、居酒屋でヤベに尋ねた。
「僕、あれからお参り続けてるんです。だからですかね、こんなに次から次に一面レベルの事件が起きるのって。ちょっと控えた方がいいすかね」
 ヤベは豪快に笑った。
「いいじゃねえか、もっとやれ。神様が応援してくださってる証だよ」
「でも思うんですけど、倫理的にどうなんすかね。事件=他人の不幸じゃないすか。それを神様にお願いするって」
「馬鹿、神様が事件起こすわけじゃないんだからいいんだよ。神様は起きた事件を他の記者じゃなくお前に振り分けてくれてんの」
 スギノは黙り込み、自分が関わった事件を思い返す。どれも、他人の不幸の断片にしか思えなかった。スギノが望み、神様が叶えた、事件という不幸。
 そんな生真面目に考えんな、とヤベがスギノの薄い背中を叩いた。



 こんなものがあっちゃいけない気がする。
 これさえなければ、世界はもう少し平和かもしれない。
 スギノは袋から濡れた新聞紙を取り出す。強い灯油の臭いが鼻先を突いた。
 虫も鳴かない深い夜、ビルの谷間で神社はいつもと変わらず誰かの祈りを待っている。
 黒い煙を上げながら立ち昇る炎を見つめ、スギノはこれでいいんだ、とひとりごちる。事件の神様なんて、この世に必要ない。

 「稲荷神社全焼 放火か」という記事が出たのは、翌日の夕刊。そしてその次の朝刊には「放火犯逮捕」の記事が出た。「本社社会部記者」、スギノの顔写真入り。
「俺、昨日5分だけ面会できたんですよ。知り合いの刑事に拝み倒して」
 スギノの指導係だったサダがヤベに話しかけた。ヤベは朝から社会部の部下を引き連れ、焼け跡の清掃に来ていた。神社にはせめて誠意と謝罪の意を示さねばならない。
「スギノの動機、何だと思います?」
「事件の神様か」ヤベはうつろな目でサダを見返す。
「あ、知ってたんですか」
「だって、それ教えたの俺だもん」
「まだ信じてるんですよ。僕が事件になったことで、神様と心中したんだ。これで世の中がましになる、とかわけわかんないこと言って」
 ヤベは深く息を吐き、首にかけたタオルで顔をぬぐった。
「あれ、作り話なんだよ」
 サダがきょとんとして手を止める。
「あいつ、新人で毎日怒られてばっかでやる気失くしてたろ。なんかちょっと面白い話で景気づけてやろうと思ってさ。実際ここはうちの記者が出勤ついでに参拝する馴染みの場所だし、丸々嘘ってわけじゃないだろ。まさかあんな極端に思いつめるとはな」
「でも普通ここまでやりますかね。事件なんて神様に祈ろうが何しようが、起きる時は起きますよ」
 憤りが滲むサダの声を聞き、ヤベは黒焦げの木片を蹴り上げた。何が神様と心中だ。
「いっそ不幸な事件が減るよう祈ってみるか」
「そしたらメシが喰えなくなりますよ」
 サダが苦笑いした。「読者は他人の不幸にこそ金出してくれますからね」
「ままならんなあ」
「ままなりませんね」 
 見上げると、焼け落ちてぽっかりと抜けてしまった空の向こうで、この辺りでひと際高いA新聞社が世界を威嚇するようにぬらりとそびえていた。


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