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本宮晃樹さん

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クズ遺伝子の復讐は海を渡って

17/09/30 コンテスト(テーマ):第114回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:142

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「喜べ、案の定ジャンクDNAだったよ」壮年のジーンスペクターは無造作に書類を投げてよこした。「ほれこの通り」
 早速内容を検める。染色体を模したマスコットが二十三対(つまり四十六本)ずらりと並んでいる。凡例ではグレードTを意味する満面の笑みからできれば避けたいグレードXの不満顔までバラエティに富んでいる(俺の調査結果は不満顔ばかりなのが気になるが)。
「この益体もない遺伝子評価表の見かたはご存じ?」とおっさん。連中の態度が尊大なのを当節では大目に見るのが暗黙の了解だ。医師業務に耐え切れなくなってドロップアウトしたやつにお行儀を求めるのは筋ちがいだろう。
「知ってるつもりですが、念のため説明してください」
 これみよがしのため息。「この鼻につくマスコットは染色体ね。わかる、染色体」
「DNAの集合体ですよね」
「そう。で、そのなかにタンパク質へ翻訳されるエクソンっていう部分がある。それらが組み合わさったのがいわゆる遺伝子。ここまではいいね」
 俺はあいまいな笑みを浮かべた。「たぶん」
 優生法のことは当然ご存じだろう。俺が頭にくるのはあれが政府による一方的な発布じゃなく、民間から――打算的な女、つまりほぼすべての女どもと、恩恵を受けられる一部のイケメン野郎ども――の強い要望とやらで成立しちまったという点だ。権力は濫用されてないし、生まれてくるガキは軒並み有能。反対するのは難しいし、当の反対勢力が俺みたいなのばっかりじゃデモも精彩を欠くというものだろう。
「遺伝子は二万個ほどもあるから当然、全部の解析は終わってないし、これからも当分は終わらんだろう」医者崩れは冷笑した。「でも主要な遺伝子は解析が終わってるから、おおよそのところはわかっちまう。で、結果がこれなわけだ」
「どうもひどいありさまのようですな」
 改めてじっくり眺めてみると、どのマスコットも不満そうに口をへの字に曲げている。これはグレードX、〈遺伝的価値は極めて薄い〉の意である。すがる思いで四十六人のマスコットをためつすがめつ確認したが、グレートTの笑みはひとつもなかった。あえて不愉快な事実をくり返そう。ひとつもなかった!
「お客にこんな口を利くのは気が進まんが」おっさんは懐をまさぐってくしゃくしゃになった煙草の箱を取り出した。「掛け値なしのクズだな、きみは」
 しみの浮いた汚いデスクに手を突いた。「言いかたってもんがあるでしょうが!」
「吸っていいかね」返事を待たずに火をつけるのには閉口した。毒ガスを深々と吐き出す。「きみ、モテないだろ。もしかして童貞かね」
 かっと頭に血が昇った。「しかたないでしょ、誰も相手してくれないんだから」
 遺伝的に優れたイケメンが一夫一妻に縛られているのは、日本人の遺伝子プールにとって明らかに損失である。とはいえ重婚は体裁が悪い。ではこうしよう。彼らの精子を高額で取引すればよいのだ。希望者はそいつを買って自分の腹へ宿せばいい。さあさあお立ち会い、二十年後には石を投げれば天才に当たるユートピアのできあがりって寸法だ。
「だろうな。そのご面相じゃまともな女は近寄ろうと思うまい」
「顔は関係ないでしょうが、顔は!」
「切れるおつむか俊敏な足でもあればそれもカバーできただろうが」とんとんと例の書類を叩く。「これじゃあな」
「のらくら毒煙を吐き出す暇があったら見積書のひとつでも提示したらどうなんです」
「実はもう作ってあるんだ。この金額でどうだろう」無造作に投げてよこした。
 おそるおそる書面を確認する。すぐにおかしな点に気づいた。「なんで金額がマイナスの符号なんですか? ぼくは精子を売るって言ったはずですけど」
「聞いてるよ。それと提示した見積もりもまちがっちゃいない」
 そろそろ我慢の限界に近い。「このクリニックはどんな精子でも買って、それをなんとかしてどこかの誰かに売りつける。そう聞いてきたんですけどね」
「そうだよ、やくざな商売さ。たまに医者を辞めなきゃよかったと思うこともある」
「じゃあなんでぼくが金を払わなきゃならんのですか!」
 盛大なため息。「精子は生ものなんだぜ。外気に触れればすぐだめになる。まさか液体窒素タンクがロハで稼働すると思ってるわけじゃあるまい」
 もちろん思ってないが、こいつは客商売に絶望的に不向きであると確信を持って断言できる。「想定保管料を差し引いた金額ってことですか」
「その通り。ほかに質問は」毒ガスを吐き出し、なにか重大なものを見るかのように中指の爪を注視している。「ないとは思うが」
「原価は」ごくりと息を呑む。「ぼくの精子の原価はいくらなんです。保管料を差し引く前の」
 医者崩れは吹き出した。「ゼロ円だよ、決まってるじゃないか。それはこれまでの人生で思い知らされてるはずだと思うがね」
 これほどの屈辱を味わわされる機会もそうはあるまい。「そうでしたね」
「無価値のイカ臭いしろものを保管するこっちの身にもなってくれよ。ほんとは精神的苦痛を根拠にエクストラチャージを請求したいくらいなんだが、ま、うちは良心的なクリニックだからな」
「お心遣いまことに痛み入りますな」可能ならやつの憎たらしい顔面に唾を吐きかけてやりたい。
「で、契約するかね」二本めに火をつけた。今度は了承を取ろうともしなかった。「してくれればきみの精子を三か月以内に売却することを保証するよ」
 頭が痛くなってきた。「ぼくが三十年かかってできなかったことを、どうやったら三か月ぽっちでやってのけられるんです」
「日本人の遺伝子をほしがる奇特な海外のマニアがいてね。東洋的な顔立ちが神秘的なんだそうだ」
「輸出するってわけですか」意図せず笑いがこみ上げてきた。「これでぼくも立派なコスモポリタンですな」
「じゃ、契約成立ってことでいいんだな」
 この商売は人をなめている。優生法によって爪弾きにされ、先祖から連綿と続く遺伝子の鎖を断ち切られた哀れな男どもを食いものにする、唾棄すべきペテン師稼業だ。
 だが将来的に自分の遺伝子を受け継いだガキをこさえられないことがほぼ決まっているご時世で、たとえ間接的にせよそれを達成できる望みがあると誘惑されて、逆らえるやつがいるだろうか? 俺は逆らえなかった。「お願いします」
 おっさんは煙草をもみ消した。「月末までに指定口座に入金よろしく。売れたら連絡するよ」
 益体もないクリニックを出て空を仰ぐ。反吐が出そうなほど気分が悪い。その反面、ちょっぴり爽快な気分でもある。
 俺はお上品になるいっぽうの遺伝子プールに一矢報いてやったのだ。これはうんざりするほど遠回りな復讐ともいえる。そこらの往来をそぞろ歩く取り澄ました女どもと、いい気になってあばずれどもを寡占するイケメン野郎どもへの、ほんのささやかな復讐。


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